想ったことが現れる。
逆に想ってないと現実化しない。
顕在的にも潜在的にも。
思考は習慣になりやすい。
気づかない内に傾向として表面化する。
常に善き事を想えばそれが現れ、
常に不平不満を想えばそれが現れる。
何を想ってどう生きるかは自由だ。
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久々にこのブログの記事を読み返してみた。
良いこと言ってるじゃないか
と感心してしまった。
人生経験を重ねて、
最近わかってきたようなことも
意外と前から気づいていたのかもしれない。
宇宙に満ちる法則。
やっぱりオレは前から薄々気づいていたんだな。
無意識とは怖いものだ。
歳を取るにつれて、出来ない理由ばかり口にしているかもしれない。
出来ないと諦める方が楽だし、それが賢明な場合もある。
しかし、何かにつけて出来ない理由ばかり口にしていると何も変えることが出来ない。
何も変わらない。
自分を少しでも変えたいと思うなら、出来ると信じて動くことが大事。
出来ること、得意なことを伸ばす。
この方が良いことを知っている。
多分、自分が他人にアドバイスするとしてもそのように言うだろう。
だけどなぜだろう?
いつも自分の苦手を克服しようとしてしまう。
出来ることを繰り返すのではなく、出来ないことを出来るようになりたいと思い続けてきた。
そういう思いで続けた苦手なことが、少しずつ出来るようになってきたように思う。
一見なんでも出来て器用な人のように見えるかもしれない。
だが、本当はとても不器用な生き方なのかもしれないと薄々気づいている。
80歳まで生きられるとして、残り半分の人生。
まだ自分に出来ることを限定したいとは思わない。
ここ数日、朝起きて気が重いとき、そうでないときも
感謝の言葉を発するように心がけている。
ありがとうございます
と何度か唱えるように声に出している。
親に、兄弟に、妻に、子供に、職場の同僚に。
そうすると不思議も気持ちが軽くなる。多少。
その多少が、結構、大きかったりもする。
昨日、40歳前後に訪れるというミッドライフクライシスという言葉を知った。
前職で感じた停滞感や不安感はもしかしたら、これなのかもしれないと感じた。
その上で、このままではダメだ。
自分を変えたい、さらにスキルアップしたいと転職した。
今、慣れない新しい環境で苦悩することさえ、自分で望んでたこと。
その先に成長が待っていることを、経験則でわかっているから。
周りに感謝しながら、自分をさらに高めていきたい。
身体が怠いのは、心が原因なんだろうか?
心を充実させるために大事なことはなんだろうか。
お金があることが心の充実に繋がるのだろうか。
仕事の不安がないことが心の充実に繋がるのか。
はっきりした目的目標をもって日々を過ごさないと、毎日を乗り越えるだけで精一杯になってしまう。
今は多少しんどくても頑張ってまだ上がっていきたい。
家族みんなで健やかに過ごせる日々のため。
昨日は久しぶりに前職の仲間と飲んだ。
料理は美味かったけど、話題の中心は前職場の内容。
自分もその職場にいたからよくわかるけど、
すでに違う環境に身を置いている自分にとってはすべて過去の話をしているような気分になった。
もう過去の自分には戻れない。
前に進むだけ。
そして、何より大切なことは自分が幸せ者であることを自覚すること。
幸せを自覚すれば幸せなことが訪れる。