去年の今頃です…「肺転移発覚」。
"転移"と云う、
まさに癌の恐ろしさを知るべく、
初発時とはまた違う…命の限りを改めて受け入れろ!と言わんばかりの報せでした。
私は、その報せを受けた、
忘れられない受診があります。
そしてある意味ターニングポイントに。
経過観察の通院をしていたにも関わらず、
会社の健康診断でまたもや要精密検査となり、
通院先でなく、とりあえずCTも備える町の病院へ。
先ず、診療室で問診。
幾つぐらいの医者でしょうか…
少なくとも40代。
常勤か非常勤か知りません。
いわゆる、目を見て話さない系です。
これまでの病歴を当然伝えました。
癌罹患者が故に、
転移ではないかと不安で不安で仕方ないと。
淡々と聞いておられました。
不安で押し潰されそうな私とは正反対に、
機械的に淡々と…言葉に温度(熱)を感じませんでした。
「あぁぁ…まぁCTですかね」
CT結果は、非常勤である読影医の勤務都合上、
2週間後になります。
…と看護師さんに事前に言われていました。
しかし、即日、自宅に電話がきました。
もう診断が出ているから来て下さい…と。
そして、結果を聞きに病院へ。
察していた嫌な予感を打ち消すように、
待合室で、自分の両手をキツく握り、
目を瞑ったままずっとずっと祈ってました。
キツく握り締めてなければ涙が落ちます。
名前を呼ばれ恐る恐るスライドドアを開けました
そう、先日の医師でした。
挨拶するでもなく、
私がイスに腰を掛けようとしている間に、
いきなり、
「あぁこの前のね…」「転移ですねっ」
いともあっさり。 ……瞬殺。
恐れていた言葉 "転移" も当然、
辛く奈落の底に落とされた言葉でしたが、
軽く、安易に、安々と、
正面向くまでもなく…放り投げられた
その言い振りは、
『当然こんなの転移だろ』
…と言い放たれたように感じるトーン
その言い振りに無性に苛立ちを覚えました
印象悪く思っていたのもあるのでしょう…
私は、転移と云う悲しさが怒りになっていたのか、呆然としながらも、体内を血が昇るのを感じました。
心の中で、
どうして全く患者の気持ちも考慮せずに、
そんな簡単に「転移だ」と決めつけて患者に言い放ち、叩き潰す理由がある?
例え医師としての経験値でそう判断できたとしても、他の伝え方や言い方があるはず。
まして検査受診の為の病院。
通院している病院の主治医との診察経緯の中での流れではない…
転移?
いやいや、原発かも知れないし、
可能性低くとも良性かも知れない
あなたが、
今、
私を、
その言葉で、
奈落の底に落とす必要ありますか??
私は、その時の転移と云う言葉が認められなかった訳ではありません。
当然、それはあり得る立場なので、想定の1つです。
結果論としては、この心の無い医師の診立ては合っていた事になります。
しかし、
例え町医者でもちゃんとした医者。
癌罹患者とも日々接する機会もあるでしょう
癌罹患者だけでもありません
色んな難しい病気と闘っている方とも接するでしょう
患者にとって治療は、
技術や判断力だけではないです。
医師という肩書きの人と話す会話・表情さえも…
治療を受けている事に値する力を持っています。
何故、医師になる事を目指したんでしょう…
『医者になろう』という意思の、
その目的には『何が』あったのでしょう。
「病気の人を治したい…」という思いの基本概念は
医師の最低限の共通項だと思っていました。
ですが、どうやら医師には、
「治す」と「直す」の2種があるようです…。
色んな医師に接してきてそう思い始めました。
私達は、機械でできたロボットではありませんから、悪いところを修理するような、
"直す"では、患者の治りたいという心に通じるものがなく…関係が成り立ちません。
要らぬ病院での寄り道受診でした…。
ストレートに、自身の主治医にとりあえず先ずは相談に行けばよかったのですが…
そうしなかったのです…
当時の主治医に色々思っている感情があり、
真っ先に飛び込む気持ちにならなかったのです。
そして、結局、私はこの転移絡みで当時の主治医にも完全に心を無くしてしまう事になるのですが。。。
この転移に絡んだ医師との関わりを切っ掛けにして、
もっとしっかり自身の考えを持ち、
医師とも向き合うべきだと思い始めました。
医師の個人差(病院規模でなく)を知り、
医師との関係作り、患者力、
自分が病に立ち向かう為には必要な術なんだと思っている現在です。。。
難しい問題でもありますが。。。