女性で、「特別」に憧れを抱かない人はいるんだろうか。
そして、「友達」「恋人」に執着に似たものを感じずに過ごしている人はどのくらいいるんだろうか。
ということで、なん年ぶり?の、読書の後の感想文です。
読書メーターとかやってたけど、アイディーパスワードもろもろ忘れたので、ここで。笑
辻村深月さんの「盲目的な恋と友情」を読みました。
ネタバレといえばネタバレに近いことも書くと思うので、まだ読んでないよって人はご注意を。
先に、友情について。
「親友」という単語に特別感を抱くのは、やはり赤毛のアンの影響なんだろうか。
おそらく、小学生のときから女の子というものは、何人かいる友達の中で自分はその子にとって特別であるという地位を確信したがる。それが、「親友」。
そのことを確認するために、
「私たちって親友だよね?」と問いかけることもあれば、その子に「親友」だと人に紹介されて舞い上がることもある。
自分は、その子にとって他の子とは違う。特別な存在なんだと。
そして、中学生か高校生くらいになるとその親友ごっこを明言はしなくなる。
明言しないかわりに起こるのは、探り合いだ。
そこからさらに進んでいくと、話題やグループによって接する人が変わっていく。けれど、それでもその中で特別であることを密かに望んでいる。
そして、「親友」は「友人代表」として顕現する。選ばれるのはただ一人。
次に、恋について。
ここでも、「特別」は甘美な存在として扱われている。
ふつうとは違うこと。
そして、それは「初めて」であること。
ただ一人に、それを捧げ、もはやその人しか見えていないような。有り体に言えば、溺れていく。
そして、その波に抗うことなく、のまれることに快楽を見出している。
そんな恋愛は、きっと本人にとっては甘美なもの。
見た目は美しくて、綺麗で、繊細。
特別感に酔っていると、いつのまにか囲われて、逃げ場がなくなってしまっている。
とてもとても美味しそうな、透明の毒入りスープ。口にしたら、全身に毒が回ってしまうような、本当に見た目だけは綺麗な恋。
恋と友情で視点が違うのだけれど、どちらも途中から気持ち悪さと共感が一緒にやってくる。
辟易ともまた違う。
どちらに綴られている言葉も感情も「わかる」。わかってしまう。
わかるからこそ、気持ち悪くて、
わかってしまうから、それが美味しく感じるのだと思う。
「親友」を名乗ったり、紹介したりしなくなったとき、女性は精神的に成長したからそうなるのかと聞かれれば、それはきっと違う。
特別であることは、ずっと形を変えてやってくる。そして、誰かの特別であることに魅入られている人は、それにずっと縋っていくんだと思う。
この本の語り部である2人は、どちらも違う形の「特別」に執着してしまった。
みんながみんな好きな味というわけではないだろうけど、私はとても美味しく頂いた作品でした。
あまりまとまってはないと思うけど、久しぶりに書きたいだけ書き綴った。
あー!楽しかった!
そして、「友達」「恋人」に執着に似たものを感じずに過ごしている人はどのくらいいるんだろうか。
ということで、なん年ぶり?の、読書の後の感想文です。
読書メーターとかやってたけど、アイディーパスワードもろもろ忘れたので、ここで。笑
辻村深月さんの「盲目的な恋と友情」を読みました。
ネタバレといえばネタバレに近いことも書くと思うので、まだ読んでないよって人はご注意を。
先に、友情について。
「親友」という単語に特別感を抱くのは、やはり赤毛のアンの影響なんだろうか。
おそらく、小学生のときから女の子というものは、何人かいる友達の中で自分はその子にとって特別であるという地位を確信したがる。それが、「親友」。
そのことを確認するために、
「私たちって親友だよね?」と問いかけることもあれば、その子に「親友」だと人に紹介されて舞い上がることもある。
自分は、その子にとって他の子とは違う。特別な存在なんだと。
そして、中学生か高校生くらいになるとその親友ごっこを明言はしなくなる。
明言しないかわりに起こるのは、探り合いだ。
そこからさらに進んでいくと、話題やグループによって接する人が変わっていく。けれど、それでもその中で特別であることを密かに望んでいる。
そして、「親友」は「友人代表」として顕現する。選ばれるのはただ一人。
次に、恋について。
ここでも、「特別」は甘美な存在として扱われている。
ふつうとは違うこと。
そして、それは「初めて」であること。
ただ一人に、それを捧げ、もはやその人しか見えていないような。有り体に言えば、溺れていく。
そして、その波に抗うことなく、のまれることに快楽を見出している。
そんな恋愛は、きっと本人にとっては甘美なもの。
見た目は美しくて、綺麗で、繊細。
特別感に酔っていると、いつのまにか囲われて、逃げ場がなくなってしまっている。
とてもとても美味しそうな、透明の毒入りスープ。口にしたら、全身に毒が回ってしまうような、本当に見た目だけは綺麗な恋。
恋と友情で視点が違うのだけれど、どちらも途中から気持ち悪さと共感が一緒にやってくる。
辟易ともまた違う。
どちらに綴られている言葉も感情も「わかる」。わかってしまう。
わかるからこそ、気持ち悪くて、
わかってしまうから、それが美味しく感じるのだと思う。
「親友」を名乗ったり、紹介したりしなくなったとき、女性は精神的に成長したからそうなるのかと聞かれれば、それはきっと違う。
特別であることは、ずっと形を変えてやってくる。そして、誰かの特別であることに魅入られている人は、それにずっと縋っていくんだと思う。
この本の語り部である2人は、どちらも違う形の「特別」に執着してしまった。
みんながみんな好きな味というわけではないだろうけど、私はとても美味しく頂いた作品でした。
あまりまとまってはないと思うけど、久しぶりに書きたいだけ書き綴った。
あー!楽しかった!