昭和を生きていたのは16年ぐらいで、平成の方が ずっと長く生きている。
しかし歌謡曲は、昭和なものが、僕にはかなり濃く根付いている。
昭和は、親や家族に護られていた時代、巣から飛び出して自分で歩いてきた平成時代。
88年 中学を卒業して、高校に行かず、美容師の見習いをはじめる。
もう親と一緒に住むのが嫌になったからだ。その選択から僕の波乱万丈な人生は始まる。
89年1月7日、まだ仕事始めて一年にもならない シャンプーばかりしてる時、
お客様と、『天皇 亡くなっちゃいましたねぇ』という話をしていた。
10代は 朝から晩まで 美容師になることばかり考えて、必死に夢追っていた。
91年 ある時、ふと美容師が嫌になり10月自衛隊に入隊する。
2年間 お金を貯めて 大学に行こうということは、初めからの目標だった。
自衛隊にいる時に20歳を迎え、成人式には行かなかった。
大学入学資格検定 (今は名前が違う)は駿台の通信教育を受けて、一発で全科目
合格した。 93年10月 250万程、貯金して自衛隊青野ヶ原駐屯地、任期満了退職
94年春、大阪の河合塾 国立外大コースに入学、後期は国立文系コースに変更
本当は大阪外大か、大阪教育大に行きたかったけれど、センターの点数で確実に
入れるところ、95年 徳島県の鳴門教育大学 英語科に入学。4年間は、みっちり
英語の勉強と オーケストラに入り ヴァイオリンを弾いていた。
卒業論文は E.Hemingwayの 「The Sun Also Rises」
99年卒業 東京に出てきて 就職するでもなく 新聞配達を始める。
その翌年には、塾講師になるが長く続かず、居酒屋バイトや水商売で食いつなぐ。
2002年 30歳になる年、東京から横須賀に引っ越して、ニューハーフのショーパブ『きんぎょ』で
一年ほど 働く。2003年9月 大阪に戻り、北欧館で清掃員。
2004年 北欧館をやめて、アパートを借りて バイト生活するつもりが、
その時北欧館で一緒に働いていた男と同棲を始める。
2006年 夏まで2年半、全く仕事せず主夫であった。
大きなクロスロード
Tとの出会いがなければ、全く違うコースを歩んでいたんだろうな・・・。
2006年 男と別れて売り専していた。2007年、派遣でゴム工場で働くも、
2007年12月 突然の派遣切り。2008年、西成ドヤ街が好きになり、
ドヤに住みながら、キャバのボーイをしていた。
2008年、第2期 東京時代❗️ 無計画に東京に出て、個室DVDの店員とかして
5人で一部屋の生活をしていたが、夏は 厚木市のポンジュースの工場で働く。
11月 武蔵小金井市で、読売新聞配達 始める。
2009年 大崎に住み五反田で朝日新聞、2011年 震災の時は五反田だったが、
引っ越し、下北沢 ⇨渋谷の読売で配達していた。
2012年 40歳 2014年まで渋谷にいたが、12月末、大阪に戻る。
2015年、バーの店子とか、日雇い派遣しながら ドヤ街生活。
3月から福井県の工場で半年働くも、そこの人間関係が嫌でやめた。
しばらく大阪で生活した後、千葉県に引っ越して 派遣工場勤め。
2016年 3月 第3期 東京時代❗️ 3月 蒲田で産経新聞、10月板橋区に引っ越す。
現在に至る。
大阪に戻りながらも、結局東京に引き寄せられて、東京を選んでいる。
どっちに住んでも自分次第、一緒だと思うんだけどね。
新聞配達はじめる前までは、なんだかエキサイティングな人生だったけど
新聞配達して10年以上は 冴えない単調な人生だな。
