「こっちの方が早い」
そう言って悪戯っぽく笑った彼は橋の欄干に手をかけると躊躇することなくそれを乗り越えた。
下は川だと言っても結構な高さだ。
慌てて下を覗き込むと船の上に用意されていた分厚いマットの上で少し驚いたような顔から全開の笑顔でサムズアップして見せるのにほっと息を吐く。
下からのレンズがその表情を収めていた。
「チャンミン凄くいい表情してる」
「一瞬見える心配の表情がね」
モニターチェックしながらのスタッフ一同にありがたい褒め言葉に複雑な感情を抱えているチャンミンにその表情を見事に引き出したユノが暖かい紅茶の入った紙コップを差し出した。
「ありがとうございます」
「チャンミンめっちゃ褒められてる」
「…はぁ。そうですね。芝居してないんで複雑ですけど」
「んー?」
「…なんでスタントお願いしなかったんですか?」
紙コップの縁を齧ったユノが首を傾げる。
「どうしても無理だと思えばお願いするよ?壁登れとか無理じゃん」
いやいや、壁登るとかどんな状況だよ。
「でも、顔録らずにとかスタッフさんも大変だと思うし、出来るなら自分がやった方がいいかなと思って。少しだけだけど格闘技とかも習ってるぞ」
何かの型らしきものを披露されたけれどそれがなんの格闘技か絞れるほどの格闘技を知っているわけでもない。
「この高さから飛び降りるのに格闘技必要ないですよね。それに結構な高さじゃないですか。本気で心配にもなりますよ」
「心配してくれたんだ」
「当然です」
ニヒヒと笑ってユノがチャンミンの耳元でこっそりと伝える。
「実は高いの苦手でさぁ。今回の結構ギリ。怖かったー」
その瞬間に外野から悲鳴のような叫びが聞こえてきた。
チャンミンは大概慣れたものだが、ユノは驚いたようにそちらに視線を向ける。
その後に手を振って笑顔を向けると、また歓声が上がった。
確実にファンを増やしている自覚もないんだろう。
外でのロケだとどうしてもファンが集まってくる、それはまぁ仕方がないとして。
その中の一部にこういった状況を非常に歓迎してくれるファンがいる。
ドラマをやっててわかったことは、チャンミンとユノというのにも、役どころのジョンヒョンとテギというところでもそれを楽しんでいる人がいるということだ。
人気のバロメーターだと思えば仕方ない事だとも思うが、理解には苦しむ。
「びっくりしたー。なんで急に叫ばれたんだろ」
本気で怯えたような顔をするユノは歳上ながら確かに可愛い人だなと思うけど。
それでもだ。
「ユノがチャンミナ相手にイチャイチャしてるからよ」
「なんだよそれー」
現場に居合わせたボアが呆れたようにそう言ったところでユノは全く理解していない。
「あの子達チャンミンのファンだろ?」
「だと思いますけど、貴方のファンでもあると思いますよ?」
「二人のファンなのよ。まぁね。二人がイチャイチャしてくれれば視聴率も上がることだしいいんだけど」
「なんで?」
「知りたいの?」
こくこくと縦に首を振るユノを見て、ボアの視線はチャンミンに向けられた。
なんだか嫌な予感しかしない。
「チャンミンは分かってるでしょ?」
やっぱりっ!! という心の叫びをなんとか飲み込んでチャンミン表情筋を駆使して笑顔を作った。
「何故、僕に振るんですか」
「何故?…楽しいからに決まってるじゃなーい」
ふふふと不敵に微笑んだボアが可愛くて眩暈がする。
芸能界って恐ろしい。
「だーかーらー!なんでか教えろって!!」
「ユノさん。世の中知らない事がいいこともあります」
「チャンミン知ってるんだろ?」
「まぁ…」
「じゃあ、教えろよー」
チャンミンの肩を掴んで揺するユノにまた声が上がる。
ビクリと一瞬止まった彼が怯えたように眉尻を下げて
「なんなんだよー」
と呟いた。
さすがに理由がわからないのが不安なのは分からなくもない。
「…理由聞いてもある意味怖いですよ?」
「…でもさ。正体が分かれば対応もできるだろ?」
「じゃあ…帰ってメールします」
「今じゃねぇのかよ」
「ええ、僕だってそんなに心臓は強くありません」
グループで活動している時にもそういう事はあったけど、最初に知った時の衝撃はそれなりだったのだ。
今、ここでユノにそれを告げて今日のこの後の撮影に影響が出ることになったら困ることになる。
現場は楽しいけれど、早く家に帰りたい。
そう。
チャンミンはそうは見えなくても「オタク」の部類に入る程度にゲーム好きなのだから。