帰宅してシャワーの後に冷蔵庫から冷えた缶ビールを取り出すと、同じく冷やしておいたグラスに注ぐ。
缶のままというのも一興ではあるがそこはチャンミンなりのこだわりだ。
テレビのCMにも負けないくらいの芸術的な泡に満足してそれをぐいっと煽る。
一仕事終えた後のビールはやはり格別。
明日はドラマの撮影も昼過ぎからの予定でいつもより時間に余裕がある。
缶に残っているビール全てグラスに注ぐと、それを手にリビングのお気に入りのソファーに移動してオンラインゲームにログインする。
暫くするとスマホが着信を知らせた。
液晶に浮かんだ名前にスピーカー通話をタップする。
『おかえりー』
「ゲームのログインで状況確認するなよ」
『だって俺、今日は1日ここの住人だし』
「暇だな」
『暇じゃねぇわ。これもお仕事です。それに現実逃避したい気分なんだよ』
通話の相手は学生の頃からの親友であるチョ・ギュヒョン。
彼はゲーム好きが高じてそのままゲーム制作会社に入社し、現在ゲームシナリオライターをやっている。
職業柄在宅でも問題がないらしいので、今日は1日家に居たのだろう。
「…えーと、それは話を聞けと?」
『じゃなきゃわざわざ電話しない』
それもそうかとチャンミンは時間を確認する。
最初から約束を取り付けるほどの事でもないが、ゲームする時間があるくらいなら聞いてほしいというところだろう。
どんな話かは不明だが電話より直接聞いた方がいい気がした。
幸い時間もまだ夜の浅い時間だ。
「来るか?」
『行く。酒とチキンは持っていく』
流石にツボは心得ている。
キュヒョンが食料を仕入れてここに来るまでは小一時間くらいだろうか。
その間ゲームを進めておけばいい。
「じゃあ後でなー」
通話を切ってコントローラーを握り直した。
約束どうりビールとチキンを持ってきたキュヒョンは駆けつけ一杯とばかりに勝手知ったるキッチンに入ると冷蔵庫を開けて取り出したビールを飲み干した。
「うまー」
「だろうな」
苦笑いしたチャンミンはチキンを皿に盛り付ける。
「チャンミンってそういうところほんとちゃんとしてるよなぁ」
「まぁ、そのままでも問題がないし味が変わるわけでもないどな」
それでもなんとなく豊かな気分にはなれると思うのだ。
疲れた日にはとうていする気にはなれない。
「で。現実逃避したかった理由は何だよ」
唇を尖らせたキュヒョンがチキンにフォークを勢いよく突き立てた。
「お付き合いすることになりまして」
「え…それはおめでとうだよな」
「めでたくない。男と付き合うことになったの。疑似体験的に」
今日はなんだかこういうネタの多い日だな、とチャンミンは溜息を吐く。
「何がどうなってんの?」
「聞け。それを聞いてくれ」
そうしてキュヒョンが話し始めたのは昨日の会社での出来事だった。
「うち今までもソーシャルの恋愛シュミレーションとか手掛けててそこそこ口コミもいいいみたいでさ。新しいゲーム会社から依頼が来たんだよ。BLものを作りたいって。向こうはいいよ言うだけだから。あとはこっちに丸投げだもんなぁ。俺だって反対しなかったよ。今流行りだしさ。でもまさか俺がシナリオ作れって言われるとは思わないだろー!?」
「…言われたの?」
こくこくと勢いよく首を縦に振ってキュヒョンはビールを一口飲む。
「プレイヤーも基本的には女子が多いはずだし腐女子とか腐男子って呼ばれるライターさんだっているんだからてっきりそっちに振るもんだと思うじゃん。プランナーがリアルなシナリオも欲しいからって俺にも振ってきた」
それでも彼にとっては仕事の一つだ。
なんとしても書き上げはするのだろうけど…。
「それでリアルに付き合うってどういう事?」
「…それが、ちょっとプランナーが面白がっちゃって。たまたま制作室に居たプログラマー一人捕まえてきて『付き合ってみてそのままシナリオにしちゃえば楽だろ』って言いだしたんだ。そのプログラマーも『なんだかよく分からないけどお役に立てるなら』って周りも盛り上がって…そういうことに」
ぶはっと笑い出したチャンミンをじっとりと睨みつけてキュヒョンはまた溜息を吐く。
「で、まぁ今日は顔合わせるの気まずくて在宅」
「ってゲームしてたのか」
「どこにネタが落ちてるかわからないだろ?ドラマも観たよ」
それが現在撮影中のドラマだとすぐにわかるのは、なんだかんだといいつつもキュヒョンはいつでもチャンミンの出演しているものをチェックしてくれているからだ。
「お前俺のファンだもんな」
冗談めかしてそう言うと「そうだよ」と笑いながら返事をする。
「始まったばかりだけど面白いね。あのドラマ」
「うん。撮影も楽しい」
「チョン・ユンホ。あの人今までの役と感じが違うけど凄合ってる。さすが役者さん」
「というか、今回の役は当て書きかと思うくらい素に近いと思う」
「え。素はそんな感じの人なんだ、意外」
キュヒョンの感想は自分も彼と会う前には感じていたことだ。
「それこそ腐女子人気も出そう」
ニッと笑ったキュヒョンはさっき笑ったことへの仕返しのつもりだろうが、実際その傾向にあるようだ。
いや、まだ放送された回数は少ないなりに視聴率もいいらしいし、台本も絡みが多くなってくる。
「あのさ。シナリオとか書くときってシリーズだったりしたら二次作品的なの見たりとかするもの?」
なんとなくの疑問だったが聞かれたキュヒョンは首を縦に振る。
「あぁ、あるよー。キャラ絡みとかも参考になるし。人気もわかるし。たまに予想外のところ伏線にして書いてる人とかいてビックリすることもある。そういうとこも観てくれてるのかって」
「観察眼っていうか…妄想力ってすごいよな…」
「なに?それがどうかした?」
「いや、今日さ…」
ロケの現場での事を話すとキュヒョンの笑い声が聞こえた。
話す声にさえ笑いが混じっている。
さっき同じような立場で凹んでいたくせに。
「で、メールしたの?」
「したよ。帰りの車の中で」
今頃彼がどういう反応をしているのか想像もつかないが、衝撃的ではあるだろう。
「じゃあお前も疑似的に付き合っちゃう?視聴率アップのために。ドラマの中以外での絡みだってそう言う人達には正義だろ?」
「仲良くさせてもらえるのはいいけど、付き合う必要ないだろ。いや、疑似的にだけど」
「確かに。でもまぁ、そう言う絡みに需要があるのは本当だしさ。俺は付き合うってことになってるしさ。何ならネタにしてくれていいぞ」
あははと空笑いしたキュヒョンの肩を叩くと二人でグラスを合わせた。
なんというか…。
どういうべきか。
