通り抜ける風が春から夏へと移り始める。
移動はほぼ車とはいえ、野外ロケになるとそれは肌で感じられた。
「チャンミン、この後時間ある?」
日傘の下でボアがそう言って首を傾げる。
「少しなら大丈夫ですけど」
「よかったー。じゃあ付き合って欲しいところがあるんだけど。ユノも一緒だから安心して」
「安心ってなんですか」
思いがけない言葉に笑うとボアは少し頬を膨らませる。
「貴方の熱狂的なファンに私が怒られる心配はないってことよ」
「ですねー。でもボアさんだったら問題なさそうですけど」
「そんなの分からないじゃな~~~い」
柔らかい陽射しは春なのに気温はすでに夏に近い。
そんな熱を逃すために持っていたハンディファンをマイクのように口元に持っているボアの伸ばした語尾が震えるのを聞いて少し離れた場所でメイクを直されていたユノが声をあげて笑う。
「で、どこに行くんですか?」
ふふっとわらったボアは
「行ってからのお楽しみ~~」
とまたファンで声を揺らす。
最近ようやく気が付いたが、ボアが簡単に答えをくれない時は何かの含みがある。
別に自分を騙そうとか、陥れようとかそういう事ではなく、悪戯を仕掛けているとでも言えばいいのか。
迷惑ではないけれど素直に教えてくれても自分に断る権限など爪の先程しか残されてはいないのだ。
そうしてロケ終了後、二人に連行されるように連れてこられたのは小さな店舗だった。
「今日、暑かったしちょうどいいよね」
「うーわぁぁぁぁぁ…これ、ダメなやつ…」
チャンミンの目の前では可愛さ全開の二人がキラキラと目を輝かせている。
知る人ぞ知る名店らしいその店はソフトクリーム専門店で選んだトッピングのフルーツがこれでもかというほどに盛りつけられている。
ボアの前には白桃、ユノの前には苺、そしてチャンミンの前にはシャインマスカットの添えられた…というよりソフトクリームが埋もれている気がするが…。
「ユノさん…また、予想外な…」
「ん?何が?」
神妙な表情でそれをカメラに収めるユノのたっての希望でここに連れてこられたらしい。
苺大好きとか、どこのアイドル!!
いやもう寧ろユノの生態を知ってる今となってはイチゴが主食と言われても驚かない気さえしてきたけれど。
「ずっと来たかったんだけど、さすがに一人だと…。ボアとチャンミンが居てくれてよかったー」
「別に一人でも大丈夫でしょ?まぁ、マネージャーとかには激しく止められるとは思うけど」
「ですよね…。そこは納得します」
それぞれにそう言って一口掬ったフルーツとクリームを口に入れる。
三人して思わず顔を見合わせた。
「なにこれ、なにこれ。おいっしー」
「んーーーーー!!」
「うまっ…」
甘さが控え目のホイップクリームと甘酸っぱいフルーツの奥にシャーベットのような軽いけれどミルクの味がしっかりしたこちらもまた甘さが控え目のソフトクリーム。
全てのバランスがいい。
「それにしてもチャンミンって、どれだけユノが硬派なイメージ持ってるの?事務所的に売り出し方もあるだろうけど」
事あるごとに「予想外」という単語を出すチャンミンにボアは首を傾げる。
「あー…確かに元々のイメージもですけど…」
「他にも何かあるの?」
「えー…まぁ」
あくまでも噂である。
口にしていいものかと迷っていると当事者のユノが苦笑いした。
「あれだろ?俺が本職の人以外と仕事するのが嫌ってやつ」
ご本人も知っているならまぁいいか、とチャンミンは頷いた。
苺を掬って口にしたユノが意外にあっさりと白状する。
「それ、昔言ったことある」
「え?」
「いや!今は全然思ってないけど!」
「今となっては言ってた方が意外ですけど」
呆然とそう言ったチャンミンに腕を伸ばしたユノが頭をポンっとかるく叩いた。
途端に外野から悲鳴が聞こえて、ボアが笑う。
「相変わらず人気者でありがたいわ、あなた達。…ユノねぇ、昔は尖がってたから」
「そうかなぁ」
「尖ってたというかガキだったのよ」
「身も蓋もない…」
事務所に所属は出来たものの仕事はほぼ一瞬だけ登場するエキストラ。
オーディションに応募しても落ち続けていた。
そうしてなんとか最終まで残ったドラマの役。
それをあっさりと奪っていったのは当時売り出し中のアイドルだった。
オーデションで見かけた記憶もない。
出来レースだったと噂も流れた。
やっと掴みかけた役だったのに。
こっちは俳優という仕事に人生を賭けるつもりだというのに、なぜ他の事で目立っている人間がそれを奪っていくのだ。
そんな理不尽さが悔しかった。
その悔しさが結局は自分の原動力になった。
そこから自分を磨くこと、演技磨くことに力を入れ始めると次第にオーディションにも受かり始め、そのうちオファーが来るまでになったのだ。
けれどあの悔しさはどうしても薄れる事なく心に残ったままだ。
その頃口にした言葉。
次第に皆忘れていくけれど、それでもその言葉は完全に消えはしない。
「自分にとっても呪いの言葉なんだよ。あの頃は自分の事だけで必死で周りが見えてなかった。そんな余裕のなさが見破られてたんだろうなって今なら思うけど」
「なるほどな理由でよかったです」
「なんだよ、それ」
「納得できる理由もなくそんな事言ってた訳じゃないなら、構える必要なくないですか?」
「構えてたの?」
「まぁ、多少は」
一緒に仕事をして聞いていたような印象は受けてなかったものの、それでも火のないところにはなんとやらである。
気にはなるし、普段以上に大きな失敗は出来ないなという構えだってできるというものだろう。
しかし、一体その「売り出し中のアイドル」とやら。
よくぞ、このチョン・ユンホが受かるような役をやれたもんだな、ちょっと関心するぞ。
「チャンミナ」
「はい?」
「その売り出し中だったアイドルはチャンミナよ?」
脳内の文字が見えたかのようにそう言ったボアは桃を美味しそうに頬張る。
それは流石に予想外ですが。
固まったチャンミンと「今、ここでそれバラす!?」とワタワタし始めるユノ。
「それはそれは…」
「いや、もう、マジで!! 今は違うから! めっちゃファンだから!!」
なんだか気の毒なくらいに必死なユノを見てただただ笑える。
本当に可愛いなこの人。
「ありがとうございます。僕もユノヒョンのファンですよ」
「ありがと…」
「…はい!ごちそうさまでしたー」
ボアがそう言って空になったカップにスプーンを投げ入れた。