自分が好きで始めた仕事だとしても、時には意に沿わない内容だったり、理不尽だと思うことはある。
だけど今日はそれを軽く飛び越えて不条理だとしか思えない。
いつも無茶振りをしでかすプランナーと目の前の熊みたいなプログラマーを交互に見てキュヒョンは絶対に親友に電話してこの不条理を叫んでやろうと考えていた。
そうすれば少しは気が晴れるかもしれない。
「とりあえずシウォナ、お前家帰ってスッキリしてこいよ」
「…誰が明日までにデモ作って出せって無茶を言ったのか憶えてないわけではないですよね?」
「誰だよ、そんな無茶言ったやつ」
「あんたでしょ、どうせ」
キュヒョンがポツリと呟くとフサフサの髭を蓄えた熊が頷いた。
心外だとばかりにため息を吐いたプランナー兼社長は熊の肩を叩く。
「お前、他の奴に振ればいいだろ。一人で抱えるからだよ」
「先月2人辞めたでしょ。あとの3人も別の仕事抱えてて頼めないんです。新しいプログラマー入れてくださいよ。そもそもヒチョリヒョンが気に入ったのしか入れてくれないから…」
こちらはこちらでため息を吐く。
今一番ため息を吐きたいのは自分だ。
いや、泣きたい。
なんでこの2人は普通に会話していて、内容も至ってまともなんだ。
さっきのヒチョルの提案と、それをなんのためらいもなく引き受けた人物とは思えない。
「で、お前もさっきから何テンションだだ落ちてんだよ」
ブチッ
音が聞こえた。
それはもう、幻聴と言うにはあまりにもクリアに自分の堪忍袋の緒が切れる音が。
「俺のテンション落としたのあんただろーがっ!」
これまた心外以外何物でもない顔でヒチョルが眉根を寄せた。
「なんで俺だよ」
「1分前のこと憶えてないんですか。ボケてんのか」
「あぁ?てめぇ社長に向かってボケとか言ってんじゃねぇぞ」
「なんで、俺が!この人と付き合うってことになってるんだ!」
「…お前が気持ちがわからんとかほざくからだろ。付き合え。そのままシナリオにすりゃいいだろ。誰も本気で恋しろとか言ってないし、言う気もない。なんだよ、俺っていい社長じゃん」
一人で納得して頷くヒチョルにもう文句を言う気も起きない。
なぜなら相手がキム・ヒチョルだからだ。
言っても無駄だ。
忘れていた。
そんな様子を微苦笑しながら肩を竦めたプログラマーはキュヒョンに握手を求めるように手を差し出した。
「どうも。まぁ社長命令だから諦めて。チェ・シウォンです」
「はぁ…チョ・ギュヒョンです…」
手を握り返すとシウォンと名乗った熊は(多分)微笑んでスマホを取り出した。
「じゃあまずは連絡先の交換ってことで」
「…本気ですか」
「社長命令だから」
そうは言うが完全に楽しんでる雰囲気が伝わってくる。
なるほどこの人はヒチョル寄りの人間なのか。
それでも自分が今回のシナリオで苦戦しそうなのは確かに目に見えてはいるから乗っかるしかないだろう。
何かしらのヒントくらいは拾える可能性はあるだろうし。
とりあえず思いつくだけの言い訳をしながらキュヒョンはスマホのロックを解除した。
事の起こりは数時間前。
新しく制作するゲームのためのミーティングが行われたことからだ。
スマートフォン向けの恋愛シュミレーションゲームは今までにも手掛けたことがあったが今回はこの会社での初の試みのBLもの。
それが発表された時点でキュヒョンは何故自分が呼ばれたのか全く理解できなかったのだ。
勿論自分の仕事はシナリオを書くことではあるけれどこの手のシナリオが得意なライターは何人か居る。
なんなら持ち込んでくる意気込みのライターだっているし、社内でなくともフリーのライターに任せることも出来るはず。
「で。今回は攻略キャラ毎にシナリオを書いてもらいたいから5人に頼む。メインキャラのプロットはルナが作ったシナリオ参考にしてくれ」
キャラクター設定やデザインも大まかには決まっているらしく確認作業とばかりにミーティングが進み最後にヒチョルが「何か言いたいことあるやつは?」と言ったところでキュヒョンは颯爽と手を挙げた。
「何を書けば?」
「…お前、話聞いてなかったのか?」
「聞いてましたよ。だけど俺は何を書いていいのかさっぱり浮かんでこないんです」
「そもそもお前の得意分野じゃねぇしな」
「わかってるじゃないですか」
「だから面白そうだなと思って。BL好きな奴の書くのとは別にリアル感でそうだろ?めっちゃ攻略しづらいキャラとかワクワクするじゃないか」
ヒチョルの言いたいことは分からないでもない。
しかし元々普通に恋愛経験に乏しい上にBLとか全く想像が出来ないのだ。
そう食い下がった結果。
ヒチョルは少し考えて、綺麗に笑った。
その笑顔にキュヒョンはこれは何かとんでもない案が出てくるに違いないと構える。
「よし。ならお前に彼氏をあてがってやるからそれを元にシナリオ書け。なんだよ簡単な事だな」
「いや、簡単じゃないですけど!?」
「あ。ちょうどいい。ちょっと待ってろ」
そう言ってヒチョルがミーティングルームを出て行くと同時に吹き出す者、机に突っ伏して肩を震わせる者、遠慮なく笑っている者までがいる。
5分も経たないうちに戻って来たヒチョルは熊を連れていた。
「ほら。彼氏だ」
「…は?」
「これでシナリオ書けるな」
「いやいやいやいや」
「シウォナ。さっき話した通りだ。こいつのシナリオの良し悪しはお前にかかってる」
お願いだから、熊さん。
この謎の提案を断ってくれ。
「…あー…。よく分からないけどお役に立てるのなら」
「…断らないんですか…」
「じゃあ、君が断ってよ」
「さっきから話が通じないんです」
「同じく。仲間だねぇ」
なんて熊がのんびり笑うものだから。
ミーティングルームに居る制作陣認定の恋人が出来てしまった。
ちなみにこの話は電光石火の速さで社内中が知ることとなったのである。