チャンミンのマンションに到着してすぐに冷蔵庫を開けて買ってきたビールを詰め込むと、元から入っていた冷えた缶を取ってドアを閉める。
春半ばとはいえ今日は暖かかったせいか、ここに来るまでにじんわりと汗ばむくらいだったため冷たいビールは生き返る心地だった。
そんな様子を咎めるでもなく苦笑いだけしてチャンミンは買ってきたチキンを皿に盛り付けていた。
他に軽くつまめるものを用意してテーブルに並べるとチャンミンも冷えたビールをグラスに注ぎなから訊ねてくる。
「で。現実逃避したかった理由は何だよ」
「お付き合いすることになりまして」
「え…それはおめでとうだよな」
「めでたくない。男と付き合うことになったの。疑似体験的に」
何故か溜め息を吐いたチャンミンが頬杖をついて小首を傾げる。
「何がどうなってんの?」
「聞け。それを聞いてくれ」
昨日の出来事を話すと最後にチャンミンが爆笑した。
一応笑われた抗議を込めて睨んでおく。
「で、まぁ今日は顔合わせるの気まずくて在宅」
「ってゲームしてたのか」
「どこにネタが落ちてるかわからないだろ?ドラマも観たよ」
「お前俺のファンだもんな」
「そうだよ。始まったばかりだけど面白いね。あのドラマ」
「うん。撮影も楽しい」
「チョン・ユンホ。あの人今までの役と感じが違うけど凄合ってる。さすが役者さん」
「というか、今回の役は当て書きかと思うくらい素に近いと思う」
「え。素はそんな感じの人なんだ、意外」
今まではクールな役所が多かったせいか、綺麗だけど冷たい印象が強かった。
「それこそ腐女子人気も出そう」
ニッと笑うと苦笑いしたチャンミンが肩を竦める。
どうやら実際ロケ現場でらしきファンたちに騒がれて、相手役のチョン・ユンホに何事かと怯えたように問いただされたのだと聞いて、その様を想像したら笑えてきた。
そんな話のお陰で溜飲を下げる。
やっぱりチャンミンに話を聞いてもらえてよかった。
こんな時まである意味同士がいるのは心強い。
「じゃあお前も疑似的に付き合っちゃう?視聴率アップのために。ドラマの中以外での絡みだってそう言う人達には正義だろ?」
「仲良くさせてもらえるのはいいけど、付き合う必要ないだろ。いや、疑似的にだけど」
なんだか最終的にチャンミンも巻き込んでしまった感じになってちょっと申し訳ない気分にもなったけど、そこは飲んで忘れてしまえ。
カチンとグラスを合わせるとチャンミンもどこか諦めた様にグラスを煽った。
翌日。
多少飲み過ぎた感が否めない軽い頭痛を引き連れて出社すると、ジョンウンが甘いコーヒを口に入れた様な渋い顔をした。
甘いのに渋いって変だななんて考えて、これは完全に二日酔いだと自覚する。
「飲み過ぎだろ」
「えー。どこで見てたんですか。ストーカー?」
「馬鹿じゃねぇの?いや、馬鹿か」
「また砂糖入れてやろうか」
「やっぱりお前か!」
バシッと背中を叩かれる。
「痛い!」
「煩い!こっちはコーヒー吹き出すし、そのうえデスクはベタベタになるし大変だったんだぞ」
ふん、と鼻息荒く自分のデスクについたジョンウンがキーボードを叩き始めて、この人のこういう引きずらないところがいいなと思う。
まぁ、だからこそ悪戯のしがいもあるのだが。
「楽しそうな部所だねぇ」
開け放たれたドアにもたれて楽しそうに微笑んでいる青年の首からかけられているのは社員証だが見慣れない顔だ。
部所が違えば顔を合わせない社員もいるとはいはいえ、これだけの美形がいればそこそこ女性社員の話に上がってくるのではないだろうか。
ジョンウンとキュヒョンは見事なハーモニーを奏でた。
「「どちらさま?」」
「チェ·シウォンてすが」
「くまたろう!?」
嘘だ。
別人じゃないか。
いや、スタイルは良かった気もするけれど、完全に熊だったはず。
ふさふさの髭がなくなった途端、俳優顔負けの美丈夫とか詐欺じゃないのか。
「くまたろう?」
シウォンが復唱して首を傾げる。
「すみません。変更しておきます」
「なんの話?」
「気にしないでください。軽い二日酔いなだけなので」
その様子から察したらしいジョンウンがニヤリと笑った。
「お前の彼氏か」
「どうも。プログラマーのシウォンです」
「普通に自己紹介しないでくださいよ」
「え?普通訊ねられたらするでしょ」
確かに当たり前か。
あぁ、思考回路がうまく繋がっていない。
アルコールめ。
「どうしたんです?」
「うん。君が出社してきたって何人かが声かけてきたから」
完全に面白がられてる。
「もしよかったら。打ち合わせ兼ねてランチでもどうかなと思って」
「あー…。喜んで」
シウォンが驚いた顔でフリーズする。
この人表情筋どうなってるんだろうか。
「なんですか?」
「いや、ごねられるかと思ってたから」
「もう、この社内で周知されてるなら僕がどれだけ嫌がろうとも貴方と付き合うことは決定事項みたいなものなので、腹いせに楽しそうにして煽る気を消沈させてやろうかと」
「なかなかの意趣返しだね」
「ヤケクソです」
声を出して笑ったシウォンが頷いた。
「なるほど。で、何か食べたいものとかない?…というより食欲はある?」
「え?」
「いや、二日酔いって言ってたし」
「シウォンさんは?」
「俺も軽くでいいんだよね」
「じゃあ近くのカフェでも大丈夫ですか?」
にこやかに頷いたシウォンがドアを押さえてキュヒョンに先を譲ってくれる。
全くもってスマートだ。
「ごゆっくり」
にやりと笑って手を降る無駄にいい声にニッコリと笑って。
「ゆっくりしてきます。なんなら直帰で」
そう返して部屋を後にした。