【YR】
えっと。
なんだこの状況は。
背中にしがみついたリョウクに身体を揺らされながらイェソンは回想する。
20分ほど前、派手に部屋のドアを叩かれて覗き穴から外を伺うとリョウクが「にいさーん!!」と叫んでいて、何事かとドアを開けたら子犬の如く飛び込んできた。
「大変!大変!大変なんだってば!」
「…とりあえず落ち着け。はい、深呼吸」
素直に深呼吸を数回繰り返して。
「いや、落ち着いてる場合じゃないんだって!」
と再び怒鳴られた。
理不尽だ。
「そもそも何が大変なんだよ」
「これ!」
リョウクが着ていたカーディガンの前をがばっと開く。
着ているシャツの胸元が膨らんでいて、また女装でもするのかと特に驚くでもないイェソンの反応に埒が明かないとばかりにその手首を掴むとリョウクはその手を自分の胸に押し当てた。
「最近は感触までリアルだな」
「違うわ!本物だよ!」
「は?」
「だから大変だって言ったんじゃないか!」
「いやいや、ないない。またそうやって俺をからかって楽しんでるんだろ」
「そんなに暇じゃないし」
なんだそれは。
いつもからかってくるのは暇つぶしか。
理不尽だ。
「あぁ!もう!脱ごうか!?」
「いや、いいけど。脱いだところで…」
今度はシャツの襟元を引っ張ったリョウクがイェソンに中を除くように指で指し示す。
種明かし的なことか?
などと呑気に覗き込んだイェソンが固まった。
「はぁぁぁ!?」
「だから大変だって言ったんだ」
なぜこっちが呆れられてる!
冷静な部分でそう思いながらもただ口を開けることしかできないイェソンにリョウクが溜息を吐いた。
「人の言うことは信じたほうがいいよ、兄さん」
たからなぜこっちが説教されるんだ!
理不尽が過ぎる!
「なっ、なんで!」
「わからないから大変なんだけど」
「いつから!」
「ホテル入ってちょっと寝て起きたらこれだよ」
ほんっと訳分かんないよねー。
全然緊張感無さげに言われて肩から力が抜けた。
それと同時にあたまの中もスッキリする。
理由は全く分からないがリョウクも自分の事だからパニックにならないわけがないだろうし、そこで真っ直ぐ自分のことろに来てくれたのだからきちんと対応はしなきゃならないだろう。
「他は誰かこの事知ってるのか?」
「まだ誰にも言ってないけど。…どうしようかな」
「もし言っても多分俺と同じ反応な気はするんだけど」
「あー…ねぇ。やっぱり狼少年の気持ちが分かったわー」
わかったところで改める気は無さそうな呑気さでリョウクが同意した。
「…兄さん意外と冷静だね」
「いや、大分パニックなんだが」
「女装で乗り切る?とか?」
「まぁ、リョウガならそれもいけるとは思うけど。数日くらいなら」
「僕、可愛いからなぁ」
「そうだな」
それまで冗談めかした口調だったリョウクが一瞬固まる。
「ほんっと、そういうとこだよねー」
「あ?」
なぜだかデレてるリョウクに首を傾げる。
「これ、戻るのかなぁ」
「原因がわかれば対処の仕様もあるだろうけど」
「このままとかないよね」
「分からないけど、戻れるよう俺にできることならやるから」
「にいさーん!」
ギュと背中にしがみつかれて体を揺すられる。
まだついていけてない脳が揺らされてぐわんぐわんと世界が揺れた。
そして手の中のスマホも揺れる。
ヒチョルの名前で届いたメッセージに暫し目を落として、画面をリョウクにも見せると、大きく息を吐いた。
「まさか」
「まさかだよな」
「え。トゥギヒョンとこ集合!?」
「行くぞ!」
リョウクの手を取るとメッセージに表記されていた番号の部屋に向かう。
こんな状況なのに。
何故だかリョウクがちょっと機嫌がいい事を少しばかり不思議に思いながらイェソンは首を傾げた。
【D&E】
爆笑する場面では絶対ない。
なのに。
なのに、だ。
「笑ってる場合かーーーっ!!」
「いや、だってさぁ」
想像どうりで、とまた笑う。
ホテルに入ってそれぞれの部屋のキーをもらったにも関わらず、荷物だけをおいて早々にウニョクの部屋に雪崩れ込んできたドンヘは当たり前のようにベッドを占領してタブレットを弄り始めた。
「なんでお前は俺の部屋で自分の仕事を始めるんだ」
と当然の抗議をすればドンヘも当然とばかりに答えた。
「ヒョクの部屋は俺の部屋だろ?」
「なんだ、その謎のジャイアニズムはっ!!」
「プリプリしてると血圧上がるぞ」
はぁ、と溜息を吐いたウニョクはせめてもと、ドンヘを少し押しやって横になる。
「ちょっと寝る。何かあったら起こして」
「んー」
目を閉じると程なく睡魔に身を委ねた。
それはそうか。
移動時間はドンヘが爆睡していたんたから、その間に熟した雑務は今度はドンヘに任せておけ。
ゆさゆさと身体を揺すられて薄く目を開けるとドンヘがひどく真剣な顔をしている。
「ヒョク、大丈夫?」
「…なんかあった?」
「…自分の身体見てみなよ」
いきなりなんだ。
起き上がって視線を下に降ろす。
「…ん?」
少し寝たせいか頭はスッキリしているはず。
「んん?」
なんだか違和感はある。
あるが、これは。
「夢だな」
「現実だよ!しっかりしてーー!ヒョク!」
「お前が言うか」
は?
現実だって?
ないない。
薄っぺらいとはいえ謎の膨らみに手で触れて固まった。
手には柔らかい感触があるし、胸には触られている感触。
慌てて下も。
ない。
「なんっじゃこりゃーー!」
「ヒョク女の子だった?え。前にヒチョルヒョンが『ウニョクは女の子』って言ってたのホントだったの!?」
あまりのことに謎にパニックに陥っているらしいドンヘの背中を叩く。
「痛いよ!」
「俺が女じゃないのはお前が一番知ってんだろが!」
身体も中身もちゃんと男子だ。
そこに違和感もなければ問題もなかった。
それが、何故こんな事に!
「なんで、こうなってる!」
「心当たりないのかよ!」
「ねぇよ!あるわけないだろー!」
頭を抱えてパニックになっているウニョクを見たドンヘが、今度はいきなり笑い出す。
「今度は何だ!?」
「ちっぱい」
「はぁ!?」
「ヒョク女の子だったらそうだろうなーって思ってたけど」
「笑ってる場合かーーーっ!!」
「いや、だってさぁ想像どうりで」
ウニョクは再び胸元に視線を落とす。
まぁ、確かに。
「って、納得してる場合かぁ!セクハラだ!モラハラだ!なんか分からんけど諸々ハラスメントだ!いや、そもそもお前の存在がハラスメントだ!」
「酷っ!いくら俺でもホントにヒョクが女の子なら言わないよ!それも可愛いけど!」
さらりとなんだかとんでもないことを言われた気がするが、そこは華麗にスルーしておく。
マジどうするんだこれ。
ボロボロと溢れた涙に自分でもびっくりする。
パニック過ぎて、悲しいわけでも悔しいわけでもなく涙が溢れた。
もちろん嬉しいわけでもない。
ドンヘがギュっとウニョクを抱きしめて背中をあやすように叩く。
「大丈夫、怖くない」
子供か、俺は。
ちょっと可笑しくて笑ってしまった。
そうか。
強いて言うなら、恐怖とか不安とか怒りとか。
そういった感情の涙だ。
「泣いたり笑ったり忙しいなヒョク」
「何が大丈夫だ」
「んー…何があっても俺がヒョクのこと守るから大丈夫」
「不安しかない」
「酷い…」
二人して笑って、少し落ち着いた。
状況は何一つ変わってないのに。
人間存外強く出来ている。
二人のスマホが同時に震えた。
そうなると仕事の関係だろうかと画面を開くとヒチョルの名前でメッセージが届いている。
「…え。これって…」
「このこと?」
2人で顔を見合わせて。
「とりあえず行く?」
コクコクと頷くとドンヘが笑う。
「大丈夫だから」
不安しかないけど、なぜだか少し安心したなんて言わないけれど。
「その謎の根拠はなんなんだよ」
「だって俺たちだから」
答えになってないけど、謎の説得力があるのは何故だ。
そう思いながらドアを開けた。