ドアを開けると一瞬の静寂。
けれどそれも一瞬のことでいつもと同じ賑わいを見せている店内に足を踏み入れる。
店の客もこちらに気をやってはいるが邪魔をしないよう、だからと言って気を使いすぎる様子もないくらいには慣れたものだった。
空いているカウンターに腰を降ろすとドンヘがにこやかに二人の前にコースターを置く。
「いらっしゃい。シウォナはビールだね。キュヒョナは何にする?」
「じゃあ、まずはビールを」
ドンヘがオーダーを通すと同じに入ってきた二人に店内の女性が色めき立った。
相変わらず目立つコンビ(今やだれもが二人で居ることに違和感を持っていない)が二人から少し離れた場所に座わるとヒョクチェがオーダーを聞きに足を向け、そのままキュヒョンの横に腰を降ろす。
「キュヒョナ、久々に飲むんじゃないの?」
「そう!もうすっごく飲みたくて…ここに来るって言ったらシウォナがもれなくついてきた」
「もれなくってなんだ」
苦笑いしながらも気を悪くした様子のないシウォンにヒョクチェが笑っていると、奥から顔を覗かせたヘンリーが傍にやってくる。
「シウォン王子、キュヒョン妃殿下。こんばんは」
「こんばんは、また大きくなったね」
「見る度に大きくなってる気がするよー」
そう言われて照れたように笑ったヘンリーを抱き上げて自分の横に座らせたシウォンが「今日のおすすめは?」と尋ねた。
料理担当のリョウクがヘンリーに食べさせるのが楽しいと、作ったものを片っ端から味見させるせいか今やヘンリーはこの店の「歩くメニュー」となっている。
そしてそれは間違いない。
「今日はねー。ガーリックシュリンプと炙りベーコンが美味しかったよー」
「じゃあそれで」
ヘンリーの味覚を全面信用しているシウォンはそのまま注文する。
「今日は二人はお留守番?」
ヘンリーのその言葉にキュヒョンは頷く。
「さすがに夜は連れだせないから。またうちの子達と遊んであげてね。二人ともヘンリーと遊ぶの楽しみみたいだから」
「はーい」
ヒョクチェがヘンリーを椅子から降ろすと視線が同じ高さになる様に腰を折って頭を撫でる。
「ほら。お家入って。もう寝る準備しなきゃだろ?」
「うん。おやすみなさい」
ニコニコと笑顔を絶やさずにヒョクチェに手を引かれていくヘンリーに手を振ってキュヒョンはビールを半分ほど一気に飲み干した。
「あー…うま…」
「なんたかお疲れだねぇ」
ドンヘがグラスを磨きながら同情するような表情をつくる。
あれから王家には二人の子供が授かった。
男性体で双子が生まれた前例がなく、お陰で国中の医者に興味を持たれはしたもののそのおかげもあってか無事に二人を出産した。
キュヒョン自体は問題はないとはいえ、やはり以前に比べると体調は崩しやすくなったような気はする。
息子達を溺愛する夫と、同じく溺愛する義両親、出来たバトラーもいるお陰で随分と楽をしている部分もあるのは分かってはいても。
「もう、今イヤイヤ期ってやつに入っちゃったみたいで…」
「成長してると思えばねぇ」
ドンヘがそう言うと戻って来たヒョクチェがその背中を叩いた。
「わかってても、あれはしんどい」
「ですよねぇ…。ヘンリー素直で羨ましい」
「んー…あの子もちょっと前までやってたよ?まぁ、お兄ちゃんになるって自覚があるんだろうね」
「へ?お兄ちゃんって…」
「うん。二人目授かった」
キュヒョンが目を丸くしていると笑って「キュヒョナのせいだぞ」と文句を言われる。
「やっぱり赤ん坊みてると可愛くてさぁ。ヒョクと俺の子だったらもっと可愛いわけじゃん?もう一人欲しいなぁって…めっちゃ頼み込んだ!」
サムズアップしながら全開の笑顔で言われても、こちらとしても「はぁ…」と何気なく納得するしかない。
隣でシウォンは激しく同意しているけれど。
「やっぱり自分と最愛の人との子供が一番可愛いよな」
「だろー?」
意気投合しているふたりは放っておいて、キュヒョンはヒョクチェにハグして笑った。
「こっちのしんどさなんて知らないくせにねぇ」
「本当だよな。まぁ…ドンヘじゃなかったら絶対やらねぇ」
「わかるー」
二人の会話が何気にパートナーに対する最上級の言葉だと本人たちは気づいていないようだが、聞いていたドンヘは破顔しているし、シウォンは口元を隠して視線を目の前のグラスに向けたまま固まっている。
どう見たってにやけ顔なのは明らかだ。
幸せオーラ駄々洩れのグループを傍から眺めてユノが「幸せそうだなぁ」と笑うのを見て、口元に付いたビールの泡を手の甲で拭ったチャンミンが目を細める。
「じゃあユノが僕の子供産んでください」
「やだね」
「なぁんーでぇぇぇ!!だったらまずは諦めて僕と結婚しましょう!」
「順番可笑しくないか?」
爆笑するユノに諦めたとばかりに溜息をついたチャンミンの耳に予期せぬ返事が届く。
「いいよ」
「へ?」
「いいよ、って言った」
「…本当に?」
呆けたチャンミンとまだ笑っているユノ。
その二人に熱視線を送っていた女性陣から歓声とも悲鳴とも呼べる声が上がる。
「おぉぉぉ。すごい場面に立ち会ってしまった…。また勝負とか言い出すかと思った」
ドンヘがそう言うとユノは頷く。
「そうだなー。どっちが子供産むかは勝負だな」
「絶対負けない。負ける気がしない」
チャンミンは不敵な笑みを作って残っていたビールを飲み干す。
「でもまぁ、収まるところに収まった、みたいな?」
キュヒョンの肩を抱いてシウォンがそう言うのに頷いて。
あの二人も自分が未来を決めた瞬間と同じならいいなと思う。
「位置について!…だ」
「なに?」
「あとはスタート切るだけ。振り向いてる場合じゃないってこと」
「…なるほど」
誰もが振り向かないと決める瞬間。
きっと隣には 誰よりも優しくて、愛おしい温もりがある。
だから恐れないで、位置について! 用意…
Fin