2017年9月、高校三年生の千鶴と橋は恋に落ちた。
千鶴は黒髪ショートのFTXの女の子で、クールな表情の奥に一途な心を隠していた。
橋は黒髪ベリーショートのボーイッシュな女の子で、情熱的で穏やかな学級委員。
二人の恋は、誰にも知られることのない小さな秘密の庭で、ひっそりと育まれていた。
放課後、千鶴は橋を待っていた。
「橋~、帰ろ」
千鶴の声に、橋は申し訳なさそうに振り返った。
「ごめん!一緒に帰りたいのは山々なんだけど...学級委員の仕事で長くなりそうなんだ。千鶴、先に帰ってて!」
橋の言葉に、千鶴は眉一つ動かさず言った。
「じゃ、終わるまで待つ」
「えっ!申し訳ないよ~💦」
橋が慌てて言うと、千鶴はちらりと視線を外し、ポツリと続けた。
「帰っても暇だし、橋と一緒にいたいし」
その言葉に、橋の顔に優しい笑みが広がった。「千鶴...ありがとう😊」
千鶴の周りには、いつもまとわりつく女子生徒がいた。
「千鶴♪」
明るい声に、千鶴は無言で応じる。
「ねぇ~、今日もイケメンだね❤️」
「...」
「遊ぼっ!」
「無理」
「えぇ~遊ぼうよ~!」
「はぁ...しつこい」
千鶴は、このしつこい女子生徒を心底嫌っていた。
その日も、しつこい誘いにうんざりしていると、橋が颯爽と現れた。
「千鶴、来て!」
橋はそう言って、千鶴の手を引くと、あの女子生徒から引き離すようにその場を去った。
千鶴は、その配慮に心から感謝した。
「橋、ありがとう」
「ううん!」
橋は笑顔で答えた。
ある休日、二人は遊園地デートに出かけた。
アトラクションを楽しみながら、千鶴は意を決して橋に尋ねた。
「...手、繋ぎませんか」
橋は少し驚いた顔をして、照れたように笑った。「えぇっ!恥ずかしいな~(笑)」
千鶴はすぐに俯いた。
「だよな...ごめん!」
「いいよ!繋ごう😊」
橋は千鶴の手を取り、優しく微笑んだ。
千鶴の頬が赤く染まる。
「...///ありがと」
二人は手を取り合い、幸せな時間を過ごしていた。
(パシャッ)
翌朝。
登校した橋は、昇降口の近くの通路の壁際に、いつもより表情の硬い千鶴が立っているのに気づいた。
「千鶴、おはよう!」
橋の明るい声に、千鶴は小さく呟いた。
「ヤバい...」
「えっ?どうしたの...?」
橋は千鶴の様子に何かあったのだと悟り、不安を胸に教室へと向かった。
教室のドアを開けた瞬間、橋は息を呑んだ。
「...っ」
黒板には、大きく相合い傘が描かれ、二人の名前が書かれている。
その下には、昨日の遊園地で二人が手をつないでいる写真が貼り付けられていた。
千鶴は、俯いたまま教室に入ることができなかった。
その日の学活は、最悪だった。
男子生徒がひそひそと話す。
「あの二人レズなん?」「キモいわー」
千鶴は俯いたまま、耳を塞ぎたかった。
橋は、学級委員として毅然と教室の前に立ち、意見を求めた。
「意見がある方」
しかし、生徒たちは橋を見ようともせず、笑いを抑えたり、睨んだりしていた。
先生は何も発言せず、ただ見守るだけだった。
学級委員の男子生徒が形だけの問いかけをする。
「何か意見がある方いませんか~」
生徒たちは口を揃えて「ありません」と答えた。
橋は笑顔で言った。
「では、こちらに決定します😊」
生徒たちは、また二人についてひそひそと話して笑っていた。
橋は気丈に振る舞い、次の議題へと進もうとする。
「では、次は...」
千鶴は机に伏せ、静かに涙を流していた。
休憩時間。橋は千鶴の元へ駆け寄った。
「千鶴😊」
千鶴は顔を上げず、震える声で言った。
「...最低だわ、あいつら」
橋は千鶴の背中を優しく撫でた。
「...気にしない!私たちは私たち😌」
「はぁ...気にしないようになりたい」
千鶴は絞り出すように言う。
「楽しいこと考えよう!」
橋は無理にでも明るい話題を振った。
「学校帰りに図書館寄ってく?」
千鶴は少しだけ顔を上げた。
「...そうだな」
図書館の帰り道、二人は少しだけ穏やかな時間を過ごしていた。
「もうすぐクリスマスだね!」
橋が嬉しそうに言うと、千鶴は少し顔を赤くして答えた。
「橋と過ごそ(笑)」
「駅前でイルミネーションがあるみたい!」
橋の声が弾む。
「橋と行きたいなー」
「一緒に行こう!」
橋が誘うと、千鶴は少し躊躇した。
「う、うーん...でもなぁ...」
橋は千鶴の不安を見抜いていた。
「...大丈夫!私がちゃんと見張ってるから😊」
「僕も警戒はする」
千鶴が真剣な顔で言うと、橋は笑って言った。
「考えてばかりも疲れちゃうから、楽しく行こう!」
千鶴はため息をついた。
「...はぁ、ごめん、橋。なんか支えてもらってばっかりで」
橋は千鶴の目を真っ直ぐ見て言った。
「いやいや、私も色々と千鶴に支えてもらってるよ~」
その言葉に、千鶴は少しだけ表情を緩めた。
「...予定空けとかないとな」
「それまでバイト頑張らなきゃ!」
橋が意気込むと、千鶴も小さく頷いた。
「僕も」
翌年、2018年1月。
千鶴と橋は、大学入試のセンター試験を間近に控えていた。
「まぁ、まだ先だけど、目指すは医者」
千鶴がぽつりと言うと、橋は笑顔で答えた。
「千鶴なら、きっとなれる😌頑張って勉強に取り組んでたし!」
「橋は、学級委員やってたから、政治家向いてる(笑)」
千鶴が冗談めかして言うと、橋は少し照れた。
「そう言ってもらえて嬉しいな~(笑)夢だけどね」
すると、背後から冷笑が聞こえてきた。
男子生徒数人が立っていた。
男子生徒①「ふっw笑わすなww」
二人の視線が彼らに向かうと、追い打ちをかけるような言葉が飛んできた。
男子生徒②「同性愛者が日本の政治家とか、世も末だわw」
男子生徒③「それなw」
男子生徒④「こんな奴らと同じ学校なのも恥だわ」
男子生徒⑤「虫唾が走る」
千鶴は拳を握りしめ、橋は静かに俯いた。
翌朝。
学校に登校した二人は、またしても嫌がらせに遭遇した。
教室に入ると、千鶴と橋の机の上に、無言で花瓶が置かれていた。
「何これ...」
橋が呟くと、数人の女子生徒が近付いてきた。
女子生徒①「目障りなんだよ」
女子生徒②「バカップルw」
女子生徒③「ってか、前から思ってたけど、あんたたち、女子力なさすぎ」
女子生徒②「高校生にもなって、メイクしろよw」
女子生徒①「あ、そうだったー。こいつは女も好きだから中身男だったwごめんごめーん」
女子生徒たち「キャハハハwww」
と高笑いしながら去っていった。
橋は俯き、千鶴も黙って立っていた。
しかし、いつも笑顔で黙っていた橋が、初めて口を開いた。
「...言っていいこと、悪いことがある」
立ち止まって振り返った女子生徒①が「はぁ?」と訝しげな声を出す。
橋は静かに、しかしはっきりと続けた。
「他人の恋愛対象はもちろん、ジェンダーに触れるのは良くない」
千鶴は、ただ橋の言葉に耳を傾けていた。
「色んな人がいるから、理解は求めないけど...そっとしてもらえないかな?」
橋の言葉に、女子生徒たちは逆ギレした。
女子生徒①「お前に言われる筋合いねーわ」
女子生徒③「正義ぶってんじゃねぇよ」
女子生徒②「マジでムカつくわ」
そう言い残して、彼女たちは去っていった。
橋と千鶴は、ただ立ち尽くすしかなかった。
あのしつこかった女子生徒も、二人のことをまるで知らないかのように冷たい視線を向け、背を向けた。
後日。
午前下校の千鶴が家に帰ると、父親が迎えた。「...ただいま」「お帰り」
千鶴の表情は冴えなかった。
「...」
父は心配そうに尋ねた。
「最近、元気ないな、何かあったん?」
「んや、大丈夫」
千鶴はそう言って、父の視線を避けた。
「そうか」
父はそれ以上は聞かなかった。
千鶴は、リビングにいた家族に伝えた。
「入試、受かったって」
「おお!おめでとう!」父が喜び、妹も「おめでと!」と声を上げた。
母も「良かったじゃん」と微笑む。
しかし、千鶴の返事はどこか上の空だった。
「...おう」
父は千鶴の様子に気づいた。
「どうした?嬉しくないのか?」
「いや、嬉しいよ?」
千鶴は感情のこもらない声で答えた。
父は千鶴の表情から目を離さなかった。
「...千鶴、やっぱり何かあったんだろ?」
「本当に何もない」
千鶴はそれ以上話すことを拒み、「課題してくる」と言って自分の部屋に入っていった。
残された父は、母に尋ねた。
「...何かあったん?」
母は千鶴を庇うように言った。
「受験勉強で疲れたんでしょ。毎晩頑張ってたからね」
その頃、電車を降りた橋は、駅のホームで立ち止まり、スマホを眺めていた。
橋の目には、『こころのダイヤル』という文字と電話番号が映っていた。
橋は電話番号を開き、数十秒後、発信ボタンに指を伸ばした。
橋は、指が触れる寸前に、その指を離した。
画面を閉じてスマホを持ち直すと、再び家に向かって歩き出した。
2018年1月。
ある日、千鶴から橋に着信があった。
「もしもし~?」
橋が電話に出ると、千鶴の声が聞こえた。
「家着いた?」
「さっき、電車下りたところだよ!」
橋は少し焦ったように答えた。
「あ、ごめん...まだ外だったか」「ううん!大丈夫!」
橋は、本題を切り出した。
「そういえば、結果どうだった...?」
「受かったよ」
千鶴の言葉に、橋は心から喜びの声を上げた。
「おーー!!おめでとう!千鶴!やったね!」
「ありがと!...橋は、どうだったん?」
橋は少し緊張した声で言った。
「まだ見てないんだ...今から確認するね!」
千鶴は祈るように呟いた。
「受かってますように...」
橋はスマホの画面を開いた。
「...受かってる!」
「おぉお...!良かった...」
千鶴も安堵の声を漏らした。
「お互いにね!」
二人の声が、電話越しに重なり合った。
後日。
千鶴と橋が教室に向かっていると、廊下の生徒たちが二人を見てヒソヒソと笑い、視線を送ってきた。
二人は視線を向けず、教室に入ると、橋は言葉を失った。
「...え」
黒板には、大きな文字で
『同性愛者で何が悪い!心は男で何が悪い!差別するな!馬鹿共!!』
と、書かれてあったのだ。
教室には、二人を白い目で見ている生徒たち、そして鋭い目で見ている担任の姿があった。
男性担任は、冷たい声で言った。
「黒板は、私的に書き込むスペースじゃない」
「もうすぐ大学に入る者が、感情的になって生徒を巻き込むな」
千鶴は唇を噛み締め、橋は黙って担任を見つめていた。
あの女子生徒たちは、黒板に書き込み、千鶴と橋が書いたかのように担任を呼び出していたのだ。
彼女たちはその背後で、無言で嗤っていた。
その後、担任は橋を呼び出した。
「...君は、良い学級委員だと思っていたがね。生徒に向かって暴言は良くなかったな」
担任は橋の心を踏みにじるように続けた。
「人生色々あるが。真面目に取り組んできたじゃないか。最後の最後でへこたれちゃ駄目だ」
「大学では、失敗しないようにな」
橋は何も言わず、ただ俯いていた。
千鶴は、廊下で窓の外を眺めていた。
橋がそっと近づき、声をかけた。
「ちーかっ」
千鶴は橋の声に、張り詰めていた糸が切れ、抑えきれない涙が流れた。
橋は千鶴の背中を優しくさすり、
「よしよし、大丈夫😌」と慰めた。
千鶴は、嗚咽混じりに言った。
「情けねぇわ、あいつらなんかに」
「うん...もう少しの辛抱だよ」
橋も苦しそうに呟いた。
「卒業まで、あと2週間!」
千鶴は静かに頷いた。
「...そうだな、あと少しだ」
二人は、卒業が近付くにつれ、まるで酸素が減っていくかのように、息苦しさを感じ始めていた。
日曜日の夜、橋はベッドに入ると、脳裏に教室の光景がフラッシュバックした。
脳が何かの危険を感じているかのように、胸がざわつく。
橋は布団を深く被ると、目をつむった。
卒業式の1週間前。
休憩時間、橋の目に入ったのは、階段を上がる千鶴の姿だった。
「...千鶴?」
橋が小さく呼びかけると、千鶴は振り返らずに言った。
「...ごめん、橋」
橋は、その言葉の意味を悟った。
「...」
「無理だった」千鶴の声が、震えていた。
橋は、迷わず千鶴に駆け寄った。
「...一緒に行こう😊」
千鶴はびくっと肩を震わせた。
「っ...」
「一人じゃなくて、二人で」
橋は千鶴の手を取り、強く握った。
千鶴は何も言わず、ただ頷いた。「...うん」
二人は、いったん教室に戻ると、それぞれの席に着いた。
ノートを1枚切り取り、シャーペンで遺書を書き始めた。
それは、誰にも届くことのない、二人だけの最期のメッセージだった。
二人は、紙を手に、屋上へと向かった。
千鶴と橋は、屋上の入口で靴を脱ぎ、靴下を綺麗に畳んで、揃えて置いた。
書いた遺書に上着を被せて置いた。
千鶴は無言で、橋も無言で、ゆっくりと屋上の縁に立つ。
二人は手を繋いだ。
「...橋、ごめん、最期まで...守れなかった」
千鶴が震える声で言うと、橋は首を振った。
「謝らないで...千鶴は、何も悪くない😌」
橋は千鶴の目を真っ直ぐ見て微笑んだ。
「千鶴と出会えて、幸せだよ」
「...僕も、橋と出会えて、生きがいだった」
千鶴の声が涙で掠れた。
「...ありがとう、千鶴😊」
千鶴は、もう何も言えなかった。
「...っ」
授業開始のチャイムが、無情にも校舎に鳴り響いた。
二人は握る手をさらに強め、風に吹かれていた。
橋が、静かに言った。
「...行こう!」
千鶴は、小さな声で応えた。
「...う...ん」
その時、橋の頬に一筋の涙が伝った。
橋が人に見せた、初めての涙だった。
千鶴がその涙に気づき、「橋...」と呟くと、
物音一つしない校舎の上では、橋のすする声と千鶴の嗚咽が微かに響いていた。
教室では、担任がいつも通り授業を始めた。
「授業を始めます、お願いします」
生徒全員が「お願いします」と声を揃えた。
一人の女子生徒が、空いている2人分の席に視線を向けた。
そして、黒板に振り向いた瞬間...
(ゴヂュバッ!!)