
リング誌2012年1月号の記事
「THE CURSE OF THE 〝0(ゼロ)〟」から。
日本語訳は「無敗の呪い」が適当でしょうか。
メイウェザーに関しては「強豪との対戦を避けて
安易な相手ばかりを選ぶ」というチェリーピッカー
(美味しいとこしか取らない)という批判が
つきまとっています。それは無敗へのやみくもな
までの執着が原因だというのが、記事の趣旨です。
現実にはメイウェザーと対戦できるボクサーは
しかるべき「試験」をクリアした猛者ばかりです。
マルコス・マイダナは一面的なスラッガーかも
しれませんが、誰にとっても危険なファイターです。
しかし、それでもやはり他にも戦うべき相手は
いたかもしれません。マイダナ2は必要だったで
しょうか?
では、本編。
(いわゆる超訳、個人的な意見も絡めてます、です、あしからず)
無敗が尊重されるスポーツは他にはまず、見当たらない。
どんなに優れたアスリートでもライバルたちと苛烈な
競争を繰り広げる中で無敗を保つことなど不可能だからだ。
ボクシングにおいても無敗の王者として引退したからと
いって、それだけで尊敬されることはありえない。
テリー・マーシュやエドウィン・バレロが誰に勝ったというのか?
実際に彼らはカルトなマニアしか知らない存在だ。
無敗王者のままキャリアを全うした象徴、ロッキー・マルシアノ
ですら、その歴史的な評価は何敗も喫したジョー・ルイスや
モハメド・アリと比較されることすらない。
ましてやシュガー・レイ・ロビンソンをや、である。
キャリアのスタートからドロップアウトすることなく、
無敗のままで引退できる、完全無欠なアスリートなど、そもそも
存在するわけがない。大切なことは敗北によって自分に足りない
ものが何かを学び、その空白のピースをはめ込んでいくことだ。
シュガー・レイ・レナードがロベルト・デュランという偉大な
辛酸を舐めなければ、おそらくトーマス・ハーンズに無残に粉砕されて
いただろう。
では、無敗に異常なまでな執着を見せるメイウェザーが悪いのか?
……違います。