だいぶ日にちが空いてしまいました。

「もう食事を口からとること、
家に帰って生活することは難しい。」

父にはっきりと伝えることが出来ずにいましたが…

先日ついに、
父に本当のことを伝えました。


大部屋で話すのもなんだからとお気遣いいただき、ベッドごと別室へ移動。私も同席のうえ先生から父へ説明をしてくれました。


脳梗塞の影響もあり飲み込む力が弱っている。
自分の唾液でも誤嚥性肺炎を起こしてしまうレベルなのだから、食事をすることは難しい。
絶対に100%無理とは言わないが、かなり難しい。

管から栄養をとる方法は二通りあって、
点滴でとるか 鼻から管をいれるか。
鼻からのほうが点滴よりも高カロリーをとれるし
腸を動かすことが出来る。
ただ、常に管を入れている状態なので違和感はあるかもしれない。

中には「管から栄養とってまで長生きしたくない」という人もいる。これを寿命ととらえて何もしないのもひとつの選択肢。




これまでよりもかなりハッキリと伝える先生の言葉に心臓がギュッとなりました。


「食べられる!食べさせてくれ!」
「治療はやめる!」
「もう家に帰る!」

そんなふうに声を荒らげたりするんじゃないかと思っていたのですが……


頷きながら静かに話を聞く父。
意外にもすんなりと受け入れ、
「仕方ないね」と。


私も先生も拍子抜けです。


回復の見込みがなく今後も管からしか栄養を摂れないのなら、もう治療はやめる。

父がそういう選択をする可能性もあると、
私も先生も思っていたんです。

だけど父の言葉は違いました。


「少しでも元気になる可能性のある方法を選びたい」
「可能性がゼロじゃないなら頑張りたいです」


なんて強いんだ。

ショックを受けるだろうと勝手に気をつかい、濁しながらここまできてしまったけれど……

父にしてみたら
納得できないまま食事も与えられず
1日中ベッドの上で寝たきりの生活を強いられることに苛立ちを感じていたのかも。

そっちの方が辛かったよね。
私が勝手に気を使っちゃって…というより、怖かったんだよね、本当のことを伝えることが。

そうだ。
目標があれば頑張れる人なんだよ父は。


父の希望もあり、
栄養は鼻からいれることに。
カロリーだけとっても元気になれないから、少しずつ身体を動かすリハビリもしていきましょう、と先生。肺炎で先延ばしになっていた透析用のシャントをつくる手術もやりましょうと。

メソメソしてるのは私だけで

冷静に
淡々と
説明は終了しました。



説明が終わったあと
父に謝りました。

「もっと早く伝えたら良かった。変に気を使っちゃって、伝えるのが遅くなってごめんね。」

それに対して父は
「仕方ない。」と言いました。

きっと、私の葛藤も分かってくれたんだと思います。


こうして今後の方針が決まりました。

実はこれ、1ヶ月ほど前の話。
バタバタと忙しく
なんだか気持ちも落ち着かず
うまく言葉にならなくて

やっと吐き出すことが出来ました。

その後の父の様子も、
少しずつ綴っていこうと思います。

読んでくれてありがとうございましたクローバー