この時点で残虐非道な信長のイメージ変わりませんか?
今よりも上下の関係がうん! っと厳しい時代に、部下の奥さんに、しかもプライベートな悩みに対し、お手紙を送ってるんです。
そして、その内容がこれまた想像とはズレると思うので、ひとまずご覧ください。
「この度はこの地を初めて訪ねてくれ、お会いできて嬉しかった。
特に、様々なお土産を持ってきていただき、その美しさは素晴らしすぎて、ここでは書き尽くせないほどです。
祝儀代わりに、こちらからも何かを差し上げようと思いましたが、あなたからの品物があまりに見事なので、この気持ちを表せる手段がなく、今回は品物を贈るのをやめておきます。
次に来られたときに、お返しをしようと思います。
とりわけ、あなたの見た目、容姿が、以前お会いしたときより10のものが20になるほど美しくなっている。
藤吉郎(秀吉)があなたに対し、しきりに不満を漏らしているとのこと、言語道断けしからんことだ。
どこを探し回っても、あなたほどの女性は、もう二度とあのハゲネズミ(秀吉)に見つけることはできないでしょう。
ですので、これからは、立ち振る舞いに十分注意し、いかにも奥さんらしくドッシリ構えて、嫉妬に狂ったりしてはいけません。
ただし、旦那を注意するのは女性の役目なので、言うべきことを全部言ってしまわないように取り扱うのがいいでしょう。
なお、この手紙を羽柴(秀吉)に見せるようお願いします。」
紳士。
バリバリに心優しいジェントルマン。
行く手をさえぎる者を八つ裂きにしていく人が書いたとは思えない。
それほど相手のことを思いやった文章です。
会えた喜びから始まり、お土産の素晴らしさを褒めるという細やかな配慮。
「お返しが思いつかないから今度また」
は、イコール
「またいつでもおいで」
をほのめかしている文だと思います。
そして、話題はねねさんの美貌に移り、
「元からキレイだったのに、今は倍になるくらい美しくなっている」
と褒めちぎります。
さらに、
「ハゲネズミにはもったいない」
と、秀吉をディスった上で、
「あなたはそれほど美しい」
の強調。
現代の日本人男性で、ここまで堂々、かつ、さりげなく、女性を褒めることのできるフェミニストが一体何人いるんでしょう?
もちろん、キッチリ秀吉のことも怒っています。
で、ここからが信長の腕の見せ所です。
散々ねねさんの言い分を全肯定した上で、彼女の改善点をつついています。
「オレはあなたの味方だ」を植え付けといて、ねねさんに聞く耳を持たせる態勢を作ってるんですね(多分)。
「旦那のグチをわめき散らすなんてみっともないよ。あなたは美人なんだから堂々としてればいいんだ。夫に対して文句を言うのはいいけど、思ってることを全部言ってしまわない方がうまくいく」
と、ねねさんを軽くたしなめてます。
しかしこれにしても
「夫婦仲をコントロールできるのはあなたなんだよ」
と、ねねさんを立ててるようにも捉えられる文です(ちと言い過ぎかな)。
手紙の締めくくりには
「この手紙を秀吉にも見せといて」
という一文と、
その後には『天下布武』の印が押されています。
『天下布武』は信長の掲げるスローガン。
その印が押されてるってことは、なんとこの手紙、"公式文書"なんです。
部下のプライベートな問題に公式文書。
権力使ってねねさんの味方です。
ビビったと思います、秀吉。
ねね「これ読んでみろ!」
秀吉「なんだやぶからぼーに。この手紙がどう……え、信長様!? ………メッチャ怒られてる……しかも正式な"命令"として……」
ねね「(『どうだ』の表情)」
秀吉「なんだその勝ち誇った顔は!」
ねね「わかったか! こっちにゃ信長さんがついてんだよ!」
秀吉「うっせー! オメーもちょっと叱られてるじゃねーかよ!」
ねね「うっせー! ちょっとだろが!」
この会話はデタラメにしても、ねねさん「アガる」、秀吉「ヘコむ」の構図はあったかも。
ただ、秀吉にしてみれば、正式な命令にされたことで、ねねにボロクソに言われて生活を改めるより、
「まぁ信長様の命令なら仕方ねーな」
と、ギリギリのプライドを保つことができたかもしれません。
いかがでしょう。
「意外だな」いただけたでしょうか。
信長は、政治でも戦いでも当たり前を疑い、昔ながらのやり方が理にかなってなければ、即座に違う方法を求めた武将です。
その姿勢は人とのコミュニケーションにも表れています。
身分の低い者とも普通に会話したし、能力があれば重要な仕事も任せる。
秀吉はまさにその典型例です。
肩書きや身分で人を判断せず、その人間の本質と付き合っていた信長。
確かに権力の傘に隠れているヤツからすれば、怖い存在だったでしょうね。
信長にはその手の威圧が一切通じないんですから。
逆に言えば、道理が通ったことを主張する人の話にはいくらでも耳を傾けるし、その人のことを守ってあげたりもする。
それがたとえ、自分に全く関係のない"夫の浮気話"だとしてもです。
合理主義者の信長は、家庭がゴタついた秀吉が仕事に支障をきたし、織田家全体のマイナスになると考えて、ケンカの仲裁に入ったのかもしれません。
そうだとしても、結果的にはねねさんを救って、秀吉の家庭も救ってるわけですから、これは信長の優しい一面と言ってもいいんじゃないでしょうか。
たしかに信長は人をたくさん殺してます。
でもだからと言って、「この男には血も涙もない」と決めつけるのはいかがなもんでしょう。
人にはいろんな側面があって、それら全部でその人です。
一方向からしか歴史や人を見ない。それって冒涜だし、あきれるほどバカな行為です。
最後に。
信長がねねへ宛てた手紙ですが、思い溢れたのか、最初はゆったり行間とってるんですが、後半メッチャ行間詰まってます。
手紙あるあるですね。かなりかわいい。
ちなみに、この文章はパソコンで打ってるから行間は均等ですが、気持ちの上では最後の方、行間詰まりまくりです。
おわり。
【予約注文】
今年の夏から秋にかけて新刊が出ます。
予約を承っておりますので、是非よろしくお願いします!→『超現代語訳 幕末物語』
詳しくはコチラ
大好評発売中!→『超現代語訳 戦国時代』