みかんぬとこみかんは再び農園へ向かいみかん農園での仕事をこなす。

こみかんはまだ小さくて体力がないので、早めに家へ戻して昼寝させた。

段々と空の色が青から薄紫へ。

太陽が自分の存在を強く示しながら山の向こうへ消えて行った。


そろそろ家に戻ろうとした頃、みかんぬは遠くからガラガラと荷車の音に気付いて側へ走っていく。

「おかえりお父さん、お母さん」

「ただいま~。今日はよく売れたわよ~。」

朝方にはみかんが山積みにされていたが、今はからっぽになって荷車の音も軽くなっている。

両親が額に汗をたらしながら息を合わせて荷車をひいている姿を見ると、みかんぬは申し訳ない気持ちになり、後ろから荷車を押した。


みかんぬはふと過去のことを思い出した。

荷車を手で引かずとも馬に引かせた方が早いし楽なのでは、と両親に言った事がある。

馬は車輪に当たる石など気にしないから、それでは荷台が大きく揺れてしまいみかんが傷ついてしまう。

おいしいみかんを食べてもらうためには大変でも手で荷車を引くのだと両親は答えた。

その答えにみかんぬは両親のみかんへの愛情とこだわりを垣間見ると同時に、尊敬の念を抱いた。


3人が家に着くと、家の中から泣き声が聞こえた。

こみかんが大きな声でわんわん泣いている。

「あらあら、こみかんったらどうしたのかねぇ。

一人で寂しかったのかしら。

みかんぬ、ちょっと見てきてちょうだい」

泣くこみかんをなだめるのは一苦労なのでえぇと言いかけたが、母親が忙しそうに食事の支度を始めていたので従った。


「こみかん、どうしたのよ~?」

こみかんの部屋に行くと、部屋は真っ暗だった。

起き掛けなのか、ベッドの上で体を起こした状態で泣いていた。

みかんぬは真っ暗な部屋で一人泣いているのこみかんがとてもかわいそうに見えて、ただひたすら泣くこみかんを抱き上げた。

こみかんはぎゅうっとみかんぬにしがみつき、泣き止もうともせず顔をみかんぬに押し付ける。

みかんぬはさすがに耳元で泣かれるとうるさいと思いつつ、こみかんの小さな背中をさすったりぽんぽん叩きながら部屋をうろうろ歩く。

「なんか怖い夢でもみたの?」

「ほらほら、もう大丈夫だから泣くのおしまいにしよ。ね?」

みかんぬが何を聞こうとこみかんは答える様子がなかった。

段々腕が疲れてきたので、こみかんを抱きながらベッドに腰掛けた。

しばらくの間こみかんはしゃくっていたが、少しずつ落ち着いてきたようだ。


「みかんぬ、こみかん、ごはんできたよ~」

「はーい、今行くー」

こみかんがみかんぬから離れようとしないので、抱いたままキッチンへ向かう。

「なんだいこみかんってば。

それなんかの動物ごっこかい?」

母親が笑いながらこみかんを見た。

「なんだかよくわからないのよ。

どうしたのって聞いても何にも答えてくれないし。」

こみかんを何とか引き剥がしてテーブルにつかせ、今日1日を神様に感謝して食事が始まる。

「それで、こみかんはいったいなんで泣いてたの?」

母親がこみかんに尋ねるとこみかんは家族の顔をじっと見回して小さくつぶやいた。

「みんなどっかいっちゃったんだもん・・・」

「そりゃあみんな仕事があるからね、お家にいられないのよ。

こみかんはもうお姉さんなんだからガマンしなさい。」

「みんなもうかえってこないっていってた。」

「誰が言ってたの?」

「かんたおにいちゃん」

「キャベツ畑んとこの子?」

「うん」

「まったく・・・タチの悪いいたずらするねぇ。

こみかん、そんなの嘘だよ。

ほら、ちゃあんとみんないるだろう?

今度会ったら懲らしめてやらなきゃねぇ。」

母親が呆れた顔でキャベツ畑の方向を見る。

「おかあさん、こみかん夢を見ていたんだと思うわ。

カン太がここに来るわけないもん。」

「なんでわかるんだい?」

「今日カン太とちょっとケンカしちゃって。」

本当はケンカではなく一方的に八つ当たりしただけなのだが。

両親にはそれを言えなかった。

母親は目を丸くしてみかんぬを見つめた。

父親も視線だけみかんぬの方を見た。

「へぇ、あんたがケンカねぇ。

めずらしいこともあるもんだね。

何があったのさ?」

「うんと・・・いつものマズ~い味見をやらされて、あんまりにもマズいからハッキリ言ってやったの。

そしたらケンカになっちゃった。」

カン太にごめんと思いながら嘘を両親に言う。

「あぁ、あの子自分とこのキャベツで何か作って売るのが夢らしいねぇ。

頑張ってるのはすごいけど、まずいんじゃね。

実験台の身としてはたまらないわねぇ。

けどまぁあの子は偉いよ。

自分のやりたい事にむかって一生懸命できるってのは中々すごいことだよ。」

「うん・・・そうだね。

明日カン太のとこに行って謝ってくる。」

父親は視線を元に戻し、黙々と食事を続ける。

母親はみかんぬとこみかんを交互に見つめ、納得したような表情を浮かべてスープを口に運んだ。

「こみかん、みんないなくなんないから安心しな。

みんなずーっと一緒だよ。」

母親の力強い笑顔にこみかんは安心したのか、ほっとしたような表情を浮かべて食事を始めた。

「うん!こみかんおとうさんとおかあさんとおねえちゃんとずっといっしょにいる!」

「ところで、みかんぬ」

普段から口数の少ない父親がみかんぬに話しかけた。

「ん?」

「おまえは、何かやりたい事とか夢みたいなものはないのか?」

みかんぬはその言葉に少しドキっとするが、それを表情に出さないよう取り繕う。

「うーん、やりたいことねぇ。

私は今がとても楽しいから、これからもずっとこのままがいいなっていうのが夢かな。」

「そうか。」

「うん」

家族全員が朝食後すぐに家を飛び出したので、その後片付けをしながらみかんぬはため息をつく。

洗い物をする手が冷たい。

こみかんはすぐ横のテーブルで、歌のような、鼻歌のようなものを歌いながらながら絵を描いている。

みかんぬは後悔の念にかられた。

本当はカン太の事をそんなに怒っていた訳ではない。

あんな事を言えばカン太が傷つくのもわかっていたし、言うつもりもなかった。

みかんぬはカン太のキラキラとアムステルダムの方向を見つめる表情にどうしようもない苛立ちを感じた。

理由はわかっている。

いつも失敗しているけれど、いじけることも諦めることもなく挑戦し続けているカン太。

夢を持っている人にしかない未来を見据える目。

目標を持ち、それに向かって迷うことなく進んでいくカン太。

カン太は自分が持てないものを持っていて、それが羨ましいから。


だって私は、みかん農園の娘だもの。

この先ずっと、ここでみかんを作るのが私の務めだから。

私はそれが嫌いじゃないし、みんなのためになるんだもの。


みかんぬは片付けが終わると農作業のための服から普段着へ着替えようと自分の部屋に戻る。

部屋に入るとベッドの脇に置いてある一冊の本が目に付く。

その本をのぞけば、生活に必要なものしかみかんぬの部屋には置いていない。

みかんぬはしばらくの間本をじっと見つめ、今日はもう本を読みたくないと思い枕の下に隠した。


「おねえちゃん、こみかんえをかいたよ!」

こみかんがノックもせずに勢いよくドアを開けて、とたとたと走ってくる。

「こみかん、人のお部屋に入る時はノックしなさいって言ったでしょ」

「これがこみかんでね、これがおねえちゃんでね、これがおかあさんでね、これがおとうさん!」

みかんぬの注意など全く耳に入っていないようで、こみかんは嬉しそうに絵の説明を始める。

背の高さでしか区別のつかない4人の絵は、みかん農園に立っていた。

こみかんと思われる人物の足元にはなぜかオムレツのようなものが沢山並んでいる。

みんなにこにこ笑って、手の所にみかんがある。

「こみかんは絵が上手だね・・」

こみかんの無邪気な絵を見ていると、目にじわっと涙が浮かんでくる。

この絵は、こみかんにとっての幸せそのものなんだろう。

見ている者に暖かい気持ちを与える絵だ。

こみかんはみかんぬに絵を誉められて、にこにこと嬉しそうにほっぺたを赤らめる。

「こみかんはしょうらいえかきになるの。

こみかんとおねえちゃんとおかあさんとおとうさんとみかんをいっぱいかくんだよ!

あとおむれつもかく!」

「この絵、ほんとうに上手だね・・・こみかんはきっといい絵描きさんになるよ」

みかんぬはこみかんの頭をくしゃくしゃと撫でた。

「また小魚アーモンドかよ」

二人がおやつを食べていると、みかんの木の後ろ側から声がした。

声のした方向へ頭を向けると、みかんぬの幼馴染が立っている。


「カン太」

「毎日毎日よく飽きねーよなお前ら。

新しいものへのチャレンジ精神ってものが欠けてるぜ」

カン太は二人の前に立ち、小ばかにするように両手を軽くあげる。

「うるさいな~。おいしいんだよこれ。」

「おいしいんだよ!」

みかんぬがむっとして言い返すとこみかんも3倍くらい大きな声で言い返した。


「まぁうまいのはわかるんだけどよ。

いつまでもそればっかりじゃ~ダメってことさ。

今日はお前らに俺様の素晴らしい開発商品を見せてやろうというわけだ。」

「うわ・・また商品開発したの?」

みかんぬが苦虫を噛みつぶしたような顔でカン太が手に持っているバスケットを見る。

カン太が得意げに手に持ってきたバスケットから何かを取り出す。


それは瓶に入った飲み物のようだ。

少し緑がかっていて、白く濁っている。

何か黒いものが点々と見えるのは種だろうか。

「えーと・・ジュース?」

「じゅーすー?」

「まぁ飲んでみ?果汁たっぷりだぜ」

牛乳が入っていたコップに注ぐと液体は余計白く濁った。

「こみかんものむ!」

こみかんは自分のコップに注いでもらうと、嬉しそうにコップの中を見つめた。


みかんぬは思い切ってごくんと飲み込んでみる。

とたんに胃の奥からこみ上げてくる不快感で戻しそうになる。

「んんん・・・なにこれ・・・」

「オレんちで採れたキャベツのジュースだぜ。

はちみつと小魚も入ってて体にいいんだ。

飲みやすいようにおまえんとこで取ったみかんも少し入ってる。

オレはこのジュースを街で売って儲けるんだ!」

カン太がキラキラとした表情でアムステルダムの街の方角を見つめる。

カン太の夢はあの街にたくさん詰まっているのだろうか。


「うえぇぇぇぇええぇぇおぐぢがぎぼぢわるい~~~~」

こみかんが泣きながら口からどばーっとジュースをこぼしていた。

あまりのまずさにショックを受けたようだ。


「はは、こみかんにはまだちょっと早い味だったかな。」

カン太はこみかんの反応を気にしていないようだった。

「ちょっとこんなものにひとんちのみかんを勝手に使わないでよ・・」

みかんぬはこみかんの口の周りや洋服をぬぐい、ほらもう大丈夫だからと言いながらこみかんを抱き上げた。


「おっと、心配しなくていいぜ。

おまえんちのみかんもこのジュースで使ってるって宣伝してやるからよ。

これでおまえんちのみかんも評判が上がってもっと売れるようになるわけだ。

ちゃんとその辺は考えてるから大丈夫だ!」


「違うわよばか!

そんなクソまずいジュースにうちのみかんが使われてるなんて知られたら、この先うちのみかんは一つも売れなくなっちゃうでしょ!!

あんたはいつも『キャベツキャンディー』だの『キャベツのキャベツ包み』だのロクでもないものを作るけど、味見するほうの身にもなってほしいわ!」

みかんぬはこみかんを抱きかかえたまま家の中に走って行った。

カン太はぽかーんとしてみかんぬを見ていた。

みかんぬは言い過ぎたと思い家の中からそっと外を見てみるが、すでにカン太はいなかった。

こみかんの頬がこれ以上ない位ふくれている。

テーブルについたこみかんが絶望的な表情を浮かべ、恨みがましい顔をみかんぬに向けたのはつい先程のこと。

「あぁ~!こみかんのおむれつがない!」

小さい体からよくそんな大きな声がでるもんだと感心する。


今朝の朝食はパンと牛乳と、こみかんの嫌いなゆでたまご。

こみかんの大好きなプレーンオムレツはどこにもない。

知らん振りして朝食をもくもくと食べていると、こみかんがあたりをキョロキョロと見回して自分のオムレツがないかどうか見ている。

「こみかん、早くごはん食べなさい」

母親がこみかんをしかると、こみかんは相変わらず頬をふくらませたままみかんぬを指差して叫んだ。

「おかあさん、おねえちゃんがこみかんのおむれつたべちゃったよ!」

「何言ってんだいこの子は。

まだ寝ぼけてるのかねぇ」

母親はこみかんのコップに牛乳を注ぎ、さっさと飲みなさいと促す。

父親は今日の市のことが気になって、周りのやりとりが目に入ってないようだった。


あぁ、この子は純粋なのかバカなのか・・・。

嘘をつかれたとは思わず、食べられたと思うらしい。

みかんぬはちょっとかわいそうな事をしたと思い、しょんぼりとするこみかんの頭を撫でた。

「こみかん、ごめんね。

お姉ちゃんゆでたまごとオムレツ間違えちゃった。

オムレツは明日お姉ちゃんが作ってあげるね」

「おねえちゃん、ほんと!?」

「うん」

こみかんの表情がぱっと明るくなりにこにこしながらパンをかじる。

みかんぬは、こみかんの笑顔は小さい花が咲いたようでとてもかわいいと思った。

「でもこみかん、おかあさんのおむれつがいい」

みかんぬはこみかんをかわいいと思ったことを訂正した。


朝食が終わるとすぐに食器を片し、農園に出る準備をする。

こみかんは嫌いなゆでたまごの黄身を残し、白身だけ食べるなと母親にしかられている。

黄身のパサパサした食感が苦手らしい。

黄身を食べたら明日オムレツを作ってあげると言われて、もごもごするのを我慢して食べていた。

あんな簡単に食べ物で釣られて、あの子は大丈夫なんだろうか・・。


御機嫌のこみかんの手を引いてみかん畑に着くと、早速みかんをもぎはじめる。

両親の手つきはさすがで、とてもすばやくみかんをかごに入れていく。

みかんぬも頑張らねばと気合いを入れてもいでいく。

こみかんは背が低いしまだ幼いので、地面に落ちてしまったみかんを集める係り。

まだ使えそうなものはジュースやジャムに加工して売る。

こみかんも立派に家計の助けになっている。


日が大分のぼり、そろそろ市場へみかんを持っていく事になった。

山と積まれたみかんの香りがさわやかで、心地良い空気を胸いっぱいに吸い込む。

市はアムステルダムの広場で行うらしいが、みかんぬはまだ行ったことがない。

どんな場所なのだろうかと興味はあるけれど、都会を恐れる気持ちもある。

両親が荷車を押してアムステルダムへ行き、みかんぬとこみかんは農園に残された。


「こみかん、休憩しようか」

「うん!!」

かごに入れてもってきた牛乳と小魚アーモンド。

みかん畑の端においてあるベンチに腰をかけ、二人でぽりぽりおやつを食べる。

みかんぬはこの時間がとても好きだ。

こみかんが小魚を口に運ぶ姿は、リスが木の実を食べているようでとても愛らしい。

他所の人から二人はそっくりだと言われるが、こみかんほど意地汚くないとみかんぬは思った。

もう寝なくては。


みかんぬは窓辺の質素なカーテンをそっと開けて外の様子を見た。

広大なみかん農園は月の光を受けて、わずかに木々の輪郭をみかんぬに伝える。


日の出と共にみかんをもぐ。

朝の早いうちにもいだみかんはその日の内に街へと運ばれて、生活の資金へとなっていく。

それは明日も明後日も、この先ずっと変わらない事。

私の世界は、このみかん農園にあるのだ。


みかんぬはベッドに潜り込んでため息をついた。

目を閉じると家族の顔や知り合いの顔が浮かぶ。

明日もこの人達に会って、他愛ない話をして笑うのだ。


日々の生活は決して嫌いなことではない。

平和そのものの毎日は、確実に幸せな日々をくれる。

食べ物に欠くこともなければ、こうしてあたたかく眠ることもできる。

これ以上の事を望むなんてことは許されない。

今日1日の幸せを神様に感謝し、みかんぬは意識を閉ざしていく。

枕元には、ヨーロッパ諸国の旅が記された冒険記が一冊。



「お母さんおはよう」

「おはよう、こみかん起こしてきてくれる?」

食堂では母親がせっせと朝食の準備をしている。

準備を手伝いつつこみかんの部屋に行くと、小さい毛布の塊はくーくーと音を立ててまるまっている。

毛布をはがすと小さな塊が余計小さくなり、中から小動物のようにまるまった子供が一人。

こみかんは小さく口を開けて、枕に涎の跡をつけながら眠っている。

ぷっくりとした白い頬がとても愛らしく、丸みのある手が毛布を健気に握っている。

まだ5歳だというのにこんな早朝から起こすのはかわいそうだが、仕方ない。

まだ柔らかい短めの髪をくしゃっと撫でてこみかんを起こす。

「朝だよ。起きな」

「んん~~~」

閉じた目をさらに強く閉じ、きゅっと丸まって眠さと戦うこみかん。

はがした毛布をひっぱって再び体をくるみ起きる気配がない。

そんな様子を見るのも楽しいが、あまりもたもたしている時間はない。

みかんを街へ持っていく時間が減れば、それだけ収入が減ってしまう。

特に今日は大きな市のある日。

この日を逃してはいけない。

「こみかんぐずぐずしないで。

今日はちゃんと起きるってお約束でしょう」

「まだねむいぃ」

いつまでもぐずるこみかんに多少の苛立ちを覚えてしまう。

「今日の朝ごはんはこみかんのだ~い好きなプレーンオムレツだったんだけどなぁ~。

こみかん寝てるならお姉ちゃんこみかんの分もたべちゃお~っと。」

みかんぬがそう言った途端こみかんはがばっと起き出し、必死で着替え出す。

こみかんは食べ物に弱い。

今起きたと思えないほどこみかんの表情はキラキラしていた。