コンサートなどで、自分で喋ってみて改めて感じたことがあります。
 
「私がショパンだったら、もう人生の半分以上は過ごしてしまっています………」
 
そう。
 
ショパンは39歳で亡くなっているから、23歳の私はとっくに折り返し地点は過ぎていますcapriccioso-cantabile~気ままに・気まぐれに・歌うように~-ekctgzuh2813310.gif
 
私は「長生きする」と思うことが当たり前になってしまっていますが、私がショパンと同じ歳、もしくはそれ以下で死んでしまうことだってありえます。
 
そう考えてみると、子供の頃から「自分が死ぬ」ということをリアルに感じたことってなかったな~capriccioso-cantabile~気ままに・気まぐれに・歌うように~-wlfnhfrg589310.gif
 
いつかは死ぬってわかっていても、そのことで本当に不安になったり、本気で悩んだりしたことはありませんでした。
 
最近の小学生に多い意見だと聞いたのですが、
 
「死んだら生まれ変わって、もう一度生きることができる」
 
と、本気で言う子供が増えているそうです。。。capriccioso-cantabile~気ままに・気まぐれに・歌うように~-sblecoii1914610.gif
 
もちろん、宗教上の理由でそう言っているなら問題は別だと思うのですが、そうでない子供が本気で「生き返る」と思っているなら少し問題かなと思います。
 
取材でよく
 
「ベートーヴェンやショパンが生きていた時代、つまり、昔にはすごい人がたくさんいたのはなぜですか?」
 
という質問を受けます。
 
確かなことはわかりませんが、もしかしたら彼らには「死」が身近な存在だったのかなと思います。
 
常に死が隣にいることによって、何をするのも「これが最後」だと本気でやってたのではないのでしょうか??

病気や戦争など、死が隣り合わせに存在することによって、人生を持て余すことがなかったのでしょう。
 
果たして私は「死」を身近に感じているのでしょうか。。。??
 
きっと感じていないと思います。
 
それどころか、自分が死ぬかどうかまだリアルには感じていません。
 
でも、今日・明日・明後日………いつ死ぬかなんて誰にもわからない。
 
それでもやっぱり「死」をリアルにするのは難しいけど、今からは人生を「いつ死んでもいいように」本気で生きていきたい。。。

生きていることだけで、どれだけの価値があるか
 
自分だけではなく、生きている人みんなにそれを伝えていきたいデスビックリマークビックリマーク
当たり前のことだけど、人生は一度しかない。
 
私が私として生きていられる時間は限られている。
 
こんなことを思うと、どんなことでも頑張ってやらなきゃという危機感を覚えますcapriccioso-cantabile~気ままに・気まぐれに・歌うように~-ctjxedkl2188810.gif
 
「やるのか、やらないのか」
 
人生にそのような選択肢はないように思う。
 
頑張ったことが自分にとって有意義だったかどうかなんて、終わってから「感想」として自分の中だけで思っていればいい。
 
私はいつも、そう言い聞かせて「危機感」を持たせ、自分を奮い立たせているのですが、その危機感はいつのまにか、なくなってしまっていますガーン
 
ゲーテのファウストでは、神様が「人間はライバルがいないとすぐ怠けるから、人間をたくさん創った」と言っていた。
 
その通りだと思う。
 
でも、ライバルは必ずしも他人じゃなくていい。
 
自分の中にいる自分でもいいと思います。
 
私みたいに人と競争するのが苦手な人もいるだろうしcapriccioso-cantabile~気ままに・気まぐれに・歌うように~-sblecoii1914610.gif
 
大切なのは「達成感」だと思いますcapriccioso-cantabile~気ままに・気まぐれに・歌うように~-peti_e015612.gifcapriccioso-cantabile~気ままに・気まぐれに・歌うように~-peti_e015612.gif
 
一歩でも進めば、それを褒めることができる。
 
そうやって、一歩一歩、確実に歩いていく。
 
一度しかない人生
 
自分ができる、精一杯のところまで歩いてみたい。
 
少しでも高い山を登りたい。
 
「できるなら、もう一度人生を初めから…」
 
なんて思わないくらい、精一杯頑張った人生がいいcapriccioso-cantabile~気ままに・気まぐれに・歌うように~-znvzmmpt10566210.gifcapriccioso-cantabile~気ままに・気まぐれに・歌うように~-znvzmmpt10566210.gif
 
死ぬときは、「あぁ、やっと休めるcapriccioso-cantabile~気ままに・気まぐれに・歌うように~-steal_chk.gif」って言えるような人生がいい。
 
 
 
 
 
一生って儚いね。。。
 
年齢的なものなのか、同じ世代の友達に子どもが生まれたり、知人が亡くなってしまったりと、人の一生がリアルに見えるようになってきました。
 
人は生まれ、死んでいく。。。
 
この限られた時間の中で、私は何を見出せるのだろう??
私はよく言い間違いをしますが、周りでも言い間違いは多く存在しています。

昔、友達と「ドラゴンボール」の話をしていたとき、友達が「ソン・ゴクウ」を「ソン・ゴクン」と言い間違えてしまったときなんかは、おもしろすぎて話が全部ふっ飛びましたニコニコ

先日は、空港でこんなにおもしろい言い間違いに出逢いました。

「○○行きの航空券をお持ちの○○さま、お伝えしたいことがありますので○番カウンターまで、イラッシャイ」

い、いらっしゃい!?!?

思わず吹き出してしまいましたガーンあせる

そのとき、空港のロビーにいた人たちは、かなりの確率で笑ったと思う。

「みんな、これだけおもしろいんだから、この際、恥じらいを捨てて笑っちゃいましょうビックリマーク

みたいな一体感さえ感じられました。

実際、私がニヤニヤした顔でふと隣の人を見たら、隣の人もフンと鼻をならして、ちょっと口元をゆるめて私に笑い返してくれました。

日頃はとてもクールそうな人でしたけどねガーン

そうそう、言い間違いといえばもう1つ。

あれは、私が中学生のときに受けたピアノコンクールの日。

朝早くから緊張した面持ちで電車に乗っていたら、車掌さんが案内のアナウンスを言い間違えて、緊張も忘れるくらい笑わせてくれました。

「○○駅を出ますと、○○駅まではタマリマセン」

おいおい、その駅の間で何があるの!?!?

って思いました。

でも、人生が左右されるような局面で笑わせてくれるような言い間違いはけっこうステキかもねキラキラにひひキラキラ