お断り
当記事は途中まで書いたものの
何らかの理由によりお蔵入り
となった内のひとつである
今回ここにUPするにあたり
補完などはしておらず
修正等も一切施していない
よって読んでいる最中に
突然終わります事を
ここに記す
Original記事は2020.9頃にお蔵入り
改めてオープニングから
一気に演奏された2曲について
ダリア~Swing Out
ライブの幕開け
この並びの求心力たるや
大山まき現時点でのベストな
組み合わせと感じている
過去に仲間内での会話で少し
話した事があるのだけれど
作詞家の中にも様々なタイプがいて
自分なりの考え方や思想を
完全な無からイマジネーションのみで
世界観を構築出来る小説家のようなタイプと
現実世界の出来事や
自分自身が体験した事を
フィードバックさせて作詞なり
作品に昇華、投影させるタイプ
ざっくりとそんな2タイプに
振り分けられるとするなら
大山まきはおそらく後者
以前よりそんな風に感じていた
そう思う理由は過去に発表された作品を
管理人が自分なりに咀嚼した結果なので
作詞者の意図したものと当方の解釈が
一致しているのか?と問われれば
断言できるようなファクトは
実は何もない
しかし一旦市場に作品が出てしまえば
どのような解釈や批評の類も
リスナーに委ねるしかないという
そんな側面もやはりあるわけで…
と、しっかり言い訳を並べおえたところで
この長い長い前振りから
ようやく本題へ
コロナ禍によって
毎週のようにあった
ライブスケジュールが消え
数ヶ月振りとなったこの
復活ライブでの最初を
飾ることとなった「ダリア」
この曲の歌詞をじっくり
読みこむと久しぶりに開催
されたライブのオープニング
にダリアを選んだ事は
意味があるのではないか?
そんな気がしてきたのである
丸ごとの引用は少しあれなので
手元に歌詞カードがない方々には
説明しにくいのでありますが
(お手持ちの方は再確認)
そもそも大山まきが書く詞は
代名詞の使用によって受け手が
自由に解釈出来る余裕をある程度
与えてくれるという優しいスタイル
(ゆえに難解でもある)
このダリアの歌詞も額面通り
男女にまつわる関係性を主人公たる
女性の視点で歌ったものと
受け取ってよいものか?
この曲の歌詞って代名詞に
誰(何)を当て嵌めて聴くかで
印象は結構変わると思う
実のところ管理人も
「アダムの声帯」を入手した当初は
ダリアの歌詞カードを眺めながら
この曲ってもしかすると彼女が
大切な人を失った後の彷徨う心の揺れとか
そういった心情を書いたものなのかなと
深読みしたりもしていたのだが…
ちょまてよ!
そもそもここに書かれている
「あなた」が管理人の推察する大切な誰か
(例えば家族)とする決定的な根拠はない
そこでもう一つの仮説を立ててみた
この「あなた」という部分
もっとスケールを大きく捉えてみてはどうか?
音楽との出会いそのものへの感動と衝撃
自分を導いてくれた
(もしくは救ってくれた)という意味合いから
音楽そのものを擬人化して
「あなた」
と指し示しているのではないのか?
自分が現在ロックシンガーとして
生きて行く覚悟をきめたのも
自分に対して高いハードルを課すのも
少しでも理想の
「あなた」
に近づきたいからではないか?
などと思考をめぐらせていると
朧気ながら腑に落ちたりもするのだが
どの解釈が正解やねん…
と、不眠に陥るほど悩んでしまう
歌詞(一部抜粋)
みじめな快感は渇きを増やすばかり
飛べれやしないあなたの下へ
↓
Ken解釈
(あなた=音楽の場合)
称賛の裏で掲げた高い理想像に
追いつけない歯痒さ
(あなた=大切な人の場合)
その場しのぎの快楽は喪失感が増すばかり
どれだけ闇雲にあがいても亡くなった
人の所へは行く事が出来ない
だがしかし!
歌詞(一部抜粋)
こじれた妄想は痛みを誘うばかり
歪んだ愛情噛みつけ夜を喰らう
最期まで見守っていて声枯れるまで
裸の心臓むきだしに愛を歌う
この数行はかなり怪しい
あなた=父親説濃厚
そしてどちらとも
受けとれて管理人を
めちゃくちゃ悩ませる
のがこのセンテンス
満たされないのに
まだ消えないで
これは現段階で大山史上
屈指のキラーフレーズ
(メロディーとの相性も抜群)
満たされ「て」ないのに
この「て」が入ってないのが
ポイント高い!
もしここに「て」が入ると
消えないで🥺という本来
控えめなはずの「願い」が
なぜ満たしてくれないの?
という自分が主体のエゴや
主張に聞こえて少々
我儘な感じがブースト
されて見えてしまう
はたして満たされないのは
もう少しでつかめそうなのに
スルリと逃げてしまう
理想の歌や音楽の事なのか
それとも相互理解を
果たす前に自分の前から
消えた誰かの事なのか?
本記事はここまで
書かれた状態で2020年に
お蔵入りとなりました
ボツの理由
(とその背景)
少々時系列がややこしいのだが
このお蔵入りとなった記事には
前段となった記事が何本か存在する
すべてはこれが始まりだった
この1本目のタイトルが示しているように
書き始めた時点で記事の着地点としては
ライブレポートの体裁をとりながらも
裏テーマで「ダリア」の歌詞をとりあげて
コロナ禍における活動再開の幕開けに
この曲を選んだ理由とその決意表明
(と管理人は推察した)の解説を目論んでいた
しかし
いつものように本題に入る前の寄り道が
長引き、ダリアに1ミリも触れる気配が
ないまま2本目の記事が終わるw
ちなみに新ワードとして出た記事タイトルは
この頃「銀河鉄道999」がマイブームで
メーテルの台詞が頭に残っていたせい
ひとまず完結
紆余曲折を経てこの3本目の記事で
一応完結したのだが、お気づきだろうか…
途中から不自然に話をたたみだして
心のライブレポートなどと書いてはいるが
中途半端な駆け足の報告になっている事を
そして何よりもここまで引っ張っておきながら
ダリアの向こうに何が見えたのか?
これについて一切触れていない事を!
そう、そうなのだ
実は今回のこのお蔵入りした本記事こそが
「ダリアの向こうに見えたモノ」の
完結編として書き始められていた
真の完結編だったのである!
では何故記事の入れ替えが行われたか?
それはこのお蔵入り記事を
書き進めている過程で
歌詞の解釈はそれぞれと言いながら
自分の解釈をさらにどうですか皆さん?
と世間に問い直す己の行為になんだか
自己矛盾を感じ始め
急に恥ずかしくなってきたから
管理人の逡巡を漏らす記事
途中まで書いた記事は
結局お蔵入りにする事を選択して
新たにライブレポートとして
最低限形を保った記事を急ごしらえした
それが表に出た「希望の夜」である
結論
まぁ
こういうのは
記事にするよりも
仲間同士で
飲みながら話したりする方が
楽しいのは間違いないんよ
お誘い待ってます♥




