ギター弾きたい。
だめです。
筋トレも禁止。
金曜日に有給を取って朝7時20分に整形で順番待ち。
と思ったらもう開いてて俺受付7番目。
じじばば早えぇよ
右膝の痛み相変わらず。
なんだけど、
両手の親指を除く8本、動かなくなっちゃった。
朝起きると強張って痛い、動かそうとすると関節「ぴきんっ」
会社の昼寝時間とか、ちょっと動かさないでいるともう固まっちゃう。
・・・・・だめじゃんこれ?
痛いし。
ちょうど10年前になるのかなぁ、突然の坐骨神経痛で診てもらった駅前の整形外科。
今回、中国先生の所はとにかく注射「ぶす。」なので指は遠慮。同時に8本打たれちゃかなわんし。
膝と両手をレントゲン撮ってくれて(技師さん女の人。俺、女の人に身体触られたの何年振り?)
先生、膝も指も曲げたり(=痛いしー)伸ばしたり触ったりしてお年寄りだけど丁寧に診てくれる。
「若干のO脚になって来てるけど・・」
「膝関節変形症と言えなくもないけど・・そんなでもないねぇ」(←これは中国先生の診立てと同じ)
「指はねぇ・・」
「骨も関節も異常ないよ」
え。そうなんですか?
「関節炎でもバネ指でもないよ」
ありゃま。それは嬉しい。でも先生なんでこんな痛いんですか?
「うーん」
「使い過ぎ」
「かな」
「今までに無い使い方をしてるからかも」
なるほどー
「慣れたら治るかも知れないね」
(おおおお。)
「ただね」
え。
「ちょっと気になるのが」
「膝と指がほぼ同時に痛み出して」
「それでね」
「これ」
(両手のレントゲンを指して)
「手首の骨に黒い点が4つあるでしょ?」
「これね」
「リウマチかも」
い。
りうまち?
「だとすると痛みの理由になるんだよね」
「でね、リウマチでも薬がちゃんとあるから治るよ」
はぁ。(リウマチ?いや俺そろそろそういう歳だけどさ、不思議じゃ無いけどさ、遺伝因子じゃなかったっけ? 過去、身内にリウマチ居ないぞ)
「採血してリウマチの検査しとこうね」
「一週間後にまた来て」
「なんであれ治療計画はその時に決めましょう」
・・・・・。
痛いのは変わらないから引き出しの奥の昔使ってたテーピング用テープ(女の人に縄を掛ける時、縄跡が残らない様に要所要所にテープを巻いた。てことはこれ10年じゃきかないぞ)を細く「ちょきちょき。」(この作業がもう指痛ぇよ)で指をそれぞれ曲がらない様に固定。
金曜から月曜までの休み4日間、何もしません。身体休めます痛み取ります。
でも、
ギターは弾きたい。
ギター部屋に並んでる56GTと3本のMartinを見ると不甲斐なくて切なくなる。
筋トレもしたい。
大胸筋が垂れる。
俺に写真を撮られた人がその上がりを見て、
その仕上がりを見てる所に同席した人が、
「見てるこっちが感動しちゃうくらい感動されてました。」
「素晴らしかったです。凄かったです。」
おー
苦労した(してない)甲斐があったな。
元カメラマン冥利に尽きる。
そりゃね、
30年プロとしてやってたんだからさ、
自分のこと、天才って本気で思ってたしね。
ちっとは褒めて貰わないと。
腕は落ちてないか。
前章『end note』がendにならなかった。
予定では書き続けてそのうち死んでしまうだろうと(何年書くつもりだったんだ?)目指せ『筆者絶筆』
あの後しばらく考えた。
書く意味ある?と。
これ9章。文章もこれで3,100話目。
1章以外、誰かに読んで貰おうと思って書いてない。
これは俺の独り言で呟き愚痴泣き言で備忘録。
三年経ったしね。
忘れなきゃいけないよね。
今でもどこかで突然会ったら後先周り考えずに思いっきり抱きしめる自信(確信)がある。
だがそんなことは決して起こらないのだ。
遠くに遠くになっちゃったから。
ほんとに大好きだった好きで好きでしょうがなかった。
あの頃の俺は酷く嫌なやつで
どうしてみんないなくなっちゃうんだろう?