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~障がい児になった時~

小さな体だが大きく元気な声で泣いた。
そんな我が子を抱いた。
とても愛らしく想った。
そして同時に親としての気持ちが芽生えた。
そこに健常児も障がい児もいなかった。

半年が過ぎ、出来た事が出来なくなった。

1年が過ぎようやく我が子の異変に気付いた。

専門の病院を紹介された。
とても不安だった。
そこで病名はわからないが異常が有ることを伝えられた。
突き落とされた感じがした。
妻は泣いた。

そんな日が続いたが、時間が解決してくれた。この子の為に何が出来るかを考え始めた。一つ目の答えは病名を知る事だった。
診断が下った。
親は「これで一つ前へ進める」と安心した。

それからは歩けるうちに色んな体験をさせてあげたいと3人で色んな場所に出かけた。

3歳から保育園に通い出した。
1年が過ぎたころ我が子に変化が現れた。
笑ったり泣いたりしない子が、友達の仕草を見て言葉を聞いて笑うようになった。
上手く繋げてくれた先生に感謝し、そして、救われた。

就学先を決める時期がきた。
父は端から養護学校だと決め付けていた。
ある時妻がこう言った。
「地域の小学校に行けないかな」。
ハッとした。
何を見てきたのかと情けなく思った。

地域の学校に入れ我が子を育てたいと決意した。

でもそこで我が子は初めて「障がい児」になった。入る為に色んなバリアがあったから。

入学前ギリギリで許可がおりた。
抱き合って泣いた。

入学後は新しい友達もできた。
我が子も伸びた。

でも何回も「障がい児」になった。

「障がい児」は社会が生み出す。
だから何回も我が子は障がい児に成長する。
そして親も姉妹も障がい児の家族に成長する。

これからも障がいは増える。障がいが増えるとどんどん落ち込んでいく、落ち込んで、また前向きになる、そしてまた落ち込む。それが続くと上がりきれなくなってくる。普通の赤ちゃんの親も子どもの世話で大変だけど、私たちはこれが一生続く。やめられない。