実家に住む頃は近所でラジオ体操、
なんてなかった。
地蔵盆さえその頃は町内でやっていなかった。
母は 父もだろうけど
家に人を集めて料理を振舞うのが好きで
学生さん達を呼ぶこともたまにあったし
母は張り切っていた。
親戚の集まりもあったし、
仲人も何組か引受けていた。
「不出来な娘」をせいぜい活用して
さらに人脈を作ろうとした(ように見えた)
母は朝が弱かった、のだと思う。
子供の頃 見かねたであろう祖母に7時半頃、離れのガラス戸を何度かパンパンとノックされていた覚えがある。が、晩年 本人にそのことを話すと ええっそんなことあったぁ? と言う。自分に都合の悪いことは記憶から抹消する、母の得意技。
たまに私の方が早く起きて朝食の支度等していると、機嫌が悪かった。
遅刻王だった私が担任に指摘されると
思いどおりの優等生、どころか劣等生で幼稚だと私を決め込むことで 戸惑いから逃れ
心の底で私を憎んでいたのだった。
と 私には思えるフシがある。
もちろん憎んでいたばかりではなく
愛しもしていたのだろうが
いずれにせよ
巧妙に隠された母の本心は計り知れない。
夏休みに従弟妹の家に泊まりに行くと
早朝に子ども達で近くの公園にラジオ体操に行く
その新鮮さ 爽やかさ に
私はずっと憧れ続けている。
が 実際は朝起きられない
起きられても 今度はラジオ体操という集団に馴染めるか不安になる。
当初は絶対 アウェイになる
アウェイからアウェイではなくなるまでの期間が
私には苦痛だ。結局アウェイのままで後から入って来たアウェイに先を越されて追随することになる
…とまで想像したら腰が引ける。
実際今までにアウェイでなくなるまで粘った集団などほとんどない。ほとんどないから、さらに腰が引けてしまい、お客さま扱いのうちにさっさと退散する方が賢明と思うようになる。
奇跡的に先日植物園で開かれたラジオ体操には
3回中2回、自転車で参加してきた。


バオバブの花まで見ることが出来た
その爽やかなこと。早起きは三文の得、とは本当で朝のうちに色々なことが出来る。色々な発見もある。
調子に乗って週明けには 御所1人早朝ウォーク、

朝から結構人が来ているものだ
で今朝はついに地域ラジオ体操、と狙っていたが
結局止めてしまった。起きられたにも関わらず。朝シャンまでしたにも関わらず。
早起きが出来るチャンスは 夏が1番。
明日は行ける、かな?…