2013年も終盤にさしかかり、
今年一年を振り返る事が多い今日この頃。

あっという間の1年でしたが、
思い返すと当然の様に色々な事がありました。

個人的に思い入れのある出来事としては
私自身が30歳になった事。

20歳の時、潰瘍性大腸炎と診断され
日々の生活の中に食事制限や運動制限が含まれ
それまでの生活とは一変した耐え難い苦痛であるベッド療養の毎日。

する事と言えば本を読むか音楽を聞くか、
将来を考えて絶望する事くらいでした。

潰瘍性大腸炎の疾患者は大腸がんになる確率も高く
10年後の自分がこの世に無事存在しているのか不安になり
怖くて眠れない夜もたくさんありました。

もし存在していたとしても、
普通の生活は送れていないだろうと。

例えば就職して懸命に働くとか
結婚をして出産し、子育てに専念するとか
そういった当たり前の幸せも築けないのではないかと
そう考えたら20歳まで育ててくれた両親に申し訳なくなり
恥ずかしながら自ら消えてしまいたい衝動に駈られる事もありました。

無事退院した後も、
当時派遣社員として勤めていた会社内や
通勤途中の電車内で具合が悪くなる事が多々あり、
その都度必死にお手洗いへ駆け込みました。

そういった状況が徐々に精神的に負担になっていったのか
パニック障害を併発。

人並みの生活を送る事さえ困難な自分に
いつも嫌気がさしていました。

幸い、私には思いやりに溢れた家族や友人がおり
私の体調に合わせて食事を選んでくれたり
体調不良で仕事を休んでしまっても責められたりはしなかったのが救いでした。

しかしながら社会はそうではありません。
派遣社員とはいえ、会社の一部の業務を担っている身の私が
欠勤を繰り返していては良い顔をされるわけがないのです。

そうと分かってはいても
言うことを聞いてくれない体。
出勤しなくてはと焦る心。
なんとか出勤するも、待っているのは上司からの嫌味や厳しい言葉。
そのストレスからか再び下血し再入院…
まさに負のスパイラルでした。

そんな中出会ったのが主人(大ヌシ)です。
大ヌシは、私が病気になってからの数年間を大きく変えてくれる人物でした。

まず、何と言ってもこの私と結婚をしてくれました。
まさか特定疾患持ちの私が結婚できるとは!

そして、体に負担をかけない様にと専業主婦でいる事を認めてくれました。
これは私にとって本当に本当に大きな変化でした。

決められた時間に決められた場所へ行き、決められた作業をこなす。
誰にでも出来る当然の事が、
潰瘍性大腸炎とパニック障害を持つ私にはとても難しかったのです。

そこを理解してくれる人なんていないと思っていました。
それを大ヌシは、私の為に歩み寄ってくれたのです。

そのおかげで、パニック障害は徐々に善くなっていきました。
普段通りの生活を送っていれば、発作が起きる事はまず無くなりました。

そして数年の結婚生活を送り、妊娠。
私に妊娠・出産・育児なんて出来るのかと
とても不安で仕方ありませんでしたが、
その不安も優しい大ヌシと家族や友人の皆がフォローしてくれ、
無事に元気な女の子を出産する事が出来ました。

と言っても良い事ばかりなわけはなく。

出産してからは潰瘍性大腸炎の悪化が著しくなり、
1日に数十回はお手洗いへ駆け込む日々が待っていました。

娘を抱っこしてあげたくても出来ない。
外へ連れ出してあげたくても出来ない。
授乳さえ儘ならない日々に、母として失格であると落ち込む毎日。

娘の寝顔を見ながら、
こんなお母さんでごめんねと何度謝った事か。

それでも、大ヌシはこんな私に希望を運んできてくれたのです。
それはレミケードという比較的新しい治療法でした。

正直、今までこの病気に良しとされる物は殆ど試して
そのどれも大した効果を得られなかった私には
レミケードに関してもマイナスイメージしか持てませんでした。

費用と手間がかかるだけなんじゃないか…と思うと
どうしてもポシティブになれなかったのです。

しかし大ヌシの強い勧めと、
何より目の前にいる可愛い我が子の為に少しでも良くなりたい気持ちで
この新しい治療法を試してみる事にしました。

この治療を受けるには
細かな検査を幾つも受けなくてはならず、
下血が続いている私にはその手間がしんどくてなりませんでしたが、
全ての検査を終え、無事レミケードの使用が可能と知らされた時は
それまでのマイナスイメージは全て払拭され希望に満ちていました。

藁にもすがる思いで第1回目の治療を受けました。
副作用の説明もされていたのでそれなりの覚悟はしていたのですが、
私の場合は治療後2~3日関節痛に悩まされる程度で済みました。

まぁこの関節痛がかなり厳しいのですが。

第2回目の治療時に
前回の治療後の副作用の話をしたら
よく効く痛み止めを処方して頂けました。

この痛み止めのおかげで
第2回目以降は副作用に悩まされる事もなくなり、
そして何より潰瘍性大腸炎が緩解状態になったのです!

ここからは本当に薔薇色の日々。
何処へ行くにもお手洗いの不安なんてなく、
長距離移動もなんのその、然程苦では無くなったのです。

何より嬉しいのが、
娘と毎日の様にお出かけ出来る事。

公園で嬉しそうに滑り台をしたり
私の膝に娘を乗せてブランコを漕いだり、
たまに転んで大泣きする姿もまた可愛く。
週末には家族3人で目的も無くお散歩が出来る幸せ。

娘の色んな表情や成長を
肉体的にも精神的にも余裕を持って見ていられる事が出来ています。

20歳の時の私が
病院のベッドの上で想像していた10年後の私と
実際に30歳になった今の私とは大違いで、
もしもタイムマシンがあるのなら、
あの時にかえってメソメソしている私に見せてあげたい。

「30歳の私は最高に幸せだぞー!
  だから泣くなー!10年頑張れー!」
って叫んでやりたいです。

2013年は
私が30歳になって、レミケード治療を始めて、
これからの人生に希望を持てた1年間です。












Android携帯からの投稿
色々悩んだのですが、
リンク元URLを見ると謎なサイトからアクセスがあったりして
これ以上娘の写真を全体に公開するのは危険だと判断し
今後はアメンバー限定で更新していきたいと思います。

画像加工する事も考えたのですが
娘の顔を隠してブログを書く事に意味を見出だせず…。
更に言えばぬしは相当な面倒臭がりなので、その手間もなぁ…とも思い。

書いている事と言えば
本人が見返して楽しむ程度の些細な内容なので
わざわざ断りをいれる必要もないかとは思ったのですが、
万が一交流のない方で見て頂いている方がいらっしゃったら失礼かと思い
こちらにて報告させていただきます。

尚、これまでの記事に関しても
画像が載っている記事はアメンバー限定とさせていただきます。





Android携帯からの投稿
以前のブログにも書いた、大ヌシの実家への帰省。
それを機に姫をうさぎ専門ホテルに預けました。

今回はその時の事を綴りたいと思います。
(うさぎを飼われていない方はあまり興味の無い話だと思います。
逆にうさぎを飼われている方、もしくは飼う事を検討している方には是非読んで頂きたいです。)



1ヶ月程前から食欲が無くなっていた姫。
牧草はモリモリ食べるものの、ペレットは全く食べなくなってしまい
近所の犬・猫・小動物を診れる動物病院に毎週通っていました。

以前も急にペレットを食べなくなった事があり
その時はペレットの種類を変える事で解決したのですが
今回はペレットを変えても全く食べてくれず…。

先生や、うさぎを何羽も飼っているという助手さんと何度も相談し
「突然嗜好が変わって牧草ばかり食べるうさぎさんは少なくない。
 もともとうさぎさんは牧草ばかり食べるものですから。
 なので毎週体重を計りにきてもらって、減っていない様なら
 とりあえず今のところは問題ないと思います。」
という事で体重測定や口中のチェックなどをしてもらい
問題ない様だったのでホテルへ預ける事にしました。

私は娘っこのお世話があったので、
ホテルへは大ヌシに姫を連れて行ってもらったのですが、
着いて早速ホテルの方の初見で乳腺が張っている事が発覚。

そしてペレットに関しても
「牧草だけでは採れない栄養を補っている部分もあるので
 なるべくならペレットも食べさせたい。
 帰省から戻られたら是非うさぎさんの治療に詳しい病院へ連れて行って欲しい。」
というお話があり、とりあえず預かっては頂けたものの不安を抱えたままの出発。

そのホテルの方はとても親切で、毎日姫の様子をメールで知らせてくれていました。

帰省して2日目の事。
姫が血尿をしたという内容のメールが画像の添付と共に送られてきました。

自分の顔から血の気が引いていくのが分かりました。
けれど遠い場所に居る今、どれだけ慌てても何も出来ません。
せっかくの3ヶ月ぶりの帰省で、大ヌシの家族に心配をかける事も出来ません。
情けないながら、ここはホテルの方に全てお任せしようと腹を括りました。

自宅へ戻り、大ヌシに姫を迎えに行ってもらい
その足でホテルの方にご紹介いただいた病院へ向かってもらいました。

病院の先生はとても良い方だったらしく(後に私もお会いしますが)
とても丁寧に姫を診察してくださり、かつ大ヌシにも分かる様に説明してくださったそう。

内容は、
「乳腺の張りは発情期特有のもので心配はいらない。
 ただ腹部にしこりがある。もしかしたら子宮癌かもしれない。
 即刻子宮を取り除いた方が良い。」
という予想だにしない物でした。

私は大ヌシからその話を伝え聞き、本当に本当に後悔し、激しく自分を責めました。

というのも、姫を飼おうかどうか検討していた4年前に
うさぎの飼い方、うさぎの特徴などについて詳しく調べており、
その際うさぎさんの子宮切除の大切さについての知識を得ていたにも関わらず
なかなか病院を決める事が出来ずにそのままにしてしまっていたからです。

「まさかうちの子に限って」
私の心の奥底に、そういう思いがあったのだろうと思います。
そしてその思いを見透かされたかの様なお医者様からの宣告。
本当に胸が苦しくなり、姫に申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

大ヌシと相談を重ね、その先生であれば信頼出来ると
子宮切除の手術をしていただく事に踏み切りました。

結果、手術は無事に成功。
ほっとしたのも束の間、先生から姫の子宮のシコリについて衝撃的なお話がありました。

思っていたよりも大きかったシコリは
姫の子宮の一番外側の膜までカリフラワーの様に出ており、
残念ながら子宮癌の可能性が高い、との事。

私も大ヌシも、これには本当に落ち込みました。

翌日、大ヌシに姫を迎えに行ってもらい
エリザベスカラーをした姫が帰ってきました。

N.H.N.L ~no hime, no life~-DSC_0083.JPG

娘を出産してから、姫が手のかからないのを良い事に我慢ばかりさせていた私。
お世話なんて、ペレットや牧草、ドライフルーツをあげ、トイレ掃除をする程度。

出産前はほぼ毎日ケージから姫を出して一時間程遊んでいたのに
最近ではめっきりケージから出してあげれていませんでした。
その間も姫は倍近く膨らんだ子宮に違和感を感じていたのだろうと思うと
申し訳なさやらふがいなさやらで胸が締め付けられる思いです。

「なんか…姫…ちっちゃくなっちゃったな…」
そう思ったら涙が出そうでしたが、一番悲しい思いをしているのは姫だろうと
グッと堪え、ただただ病理検査の結果が陰性である事を祈りました。

しかし、残念ながら結果は陽性。
私の判断ミスで、姫は子宮癌になってしまったのでした。

「1歳までに子宮を切除しておいた方が安心」そう知っていたのに
「兎は麻酔に弱くショック死してしまうリスクがある」という点が引っかかり踏み切れなかった。

もっと真剣に良い病院を探していれば、もっと早く今の病院に出会えていたかも。
そうすればもっと早く子宮を切除して、癌になんてならずに済んだ。
姫ごめんね。ごめんねごめんねごめんね。

どんだけ謝っても後の祭りで、姫には何の意味も無いのに
私は謝る事しか出来ず、最低な飼い主だと認めざるを得ませんでした。

不幸中の幸いは
今のところどこにも転移が見当たらない事と、術後の経過がとても良い事。
今後は抗がん剤を服用させ、一ヶ月~二ヶ月おきに受診をし
一年半経っても転移が見られない様であれば完治とみなし、通常の寿命まで生きられるという事。

そして姫自身が抗がん剤を全く嫌がらず、寧ろ喜ぶ様に服用してくれている事。
恐らく抗がん剤を溶かしているパイナップルジュースが好物なのだろうと思います。
いつも定時になるとケージをカタカタ鳴らし、お薬くださいアピールをしてくれます。

今はペレットも生野菜も牧草もモリモリと食べてくれて、とっても元気です。

動物病院の先生から聞いた話ですが
うさぎさんの様な草食動物は、自分の体調不良を隠したがるそうです。
なので、飼い主さんが日々の変化に敏感である事が大事との事。
今回、私はすぐに姫の異常に気付いて小動物も診れる病院へ連れて行っていましたが
診れるといってもうさぎさんに関しては専門知識にたけていない病院が殆どだそう。

そうとは知らず、近所の動物病院を信用しきっていた私。
その動物病院が悪いわけではなく、(現に本当に親切に姫の診察にあたってくださっていました)
私の知識不足と過信が今回の様な事態を招いてしまったのです。

なので、うさぎさんを飼われている方には
是非一度普段かかっている動物病院の他にも
うさぎさんの診察で有名な病院に一度診てみて頂きたいです。

そして去勢・避妊手術がまだだといううさぎさんが居たら
一刻も早く良い病院を見つけて手術に踏み切って頂きたいです。
私の様に後悔するハメにならないで欲しいです。

私も、今回の事で落ち込んでいるばかりではなく
これを教訓に今まで以上に姫を大切に育てていこうと固く誓いました。
そして改めてペットを飼うという事の責任、知識をもっと身につけねばと思いました。

姫は私に今まで色んな事を教えてくれました。
そしてこれからも色んな事を教えてくれると思います。

姫と共に病気と闘っていきます。
絶対に姫を長生きさせます。大切にします。