こんにちは。
皆さんは何か続けていることはありますか?
私は今まで好きで続けていることや、特別意識せずに続けてきたことが何個かあります。
けれどこれらを私は決して自分の中で褒め称えることだとは思ったことがありません。
それは事だけに限らず、私の持って生まれたものに関して全てです。なのでいつも人と比べて苦しんでいます。
いつも人より優れているものはないか探して何も自分は秀でた物がないと独り虚しくなっていました。
何か自分の才能を開花させている人をみて嫉妬し、自分を卑下していました。(今もその癖は治らず)
そんな私の今まで20年間生きてきた中での経験を皆さんに共有したく、この文章を描きました。
(こう言うのは初めてなので暖かい目で観てくれると有難いです、、)
いきなりですが私は昔、虐められていました。
(といっても暴力を受けるほどでもありません)
そのおかげで高校生までクラスにいると自分の悪口が聞こえるような幻聴、幻覚が今考えると続いていました。
入学したばかりの高校なのにクラスメイトが私のことをコソコソと悪口を言っているようにみえたのです。
私も私のことを気に入ってないのに、周りまでもが言ってくるような気がしてなんども苦しくなりました。
それでも何故か、私はよく昔から友人やクラスメイトにポジティブだよねやいつも幸せそうと言われたこともあります。(めっちゃくちゃしんどいのに)
そう言われる理由として考えられるのは、いつも私は辛くても外では余裕のあるように最大限振る舞っていました。辛そうにするのはあまりにも惨めで負けた気がするからです。
けれど私は不登校にはなりませんでした。
いや、それだけは嫌だと思い、ならないと決意していました。
とにかく不登校になるというのは、私の中で負けを意味し、他人のせいで自分の人生の選択肢が狭まると考えていたのです。そのおかげで何度も不登校になろうか小学生の頃は悩んでいましたが、ならなかったのも一つの理由です。
もう一つは私のことを色眼鏡で私を見ずに、関わってくれた友達がいたからです。
私は昔、とてもショックなことがありました。
私が1人下校をしていたら、同じ帰り道のとても仲良くしていた友達が他の4人ほどで帰り道に私のことを話していたのです。
"〇〇(私)のこと嫌いな人手あげてー!"
私はその時、その子だけは手を上げないでいてくれと願って遠くから聞いていました。
ですが周りを見て手をあげていたのです。
私は泣きそうな、怒りそうな、大きなショックを受けながら1人で歩いて帰ったのを覚えています。
今考えれば、その時は小学一年生で、同調圧力があって自分の身を守るために手を挙げてしまうのは当たり前に近いでしょう。
私はそう言ったウイルス感染のようなものにずっと苦しみ、何度も惨めな思いをしました。
それでも私が今うつ病や精神疾患を抱えなくて済んだのは、友達がとても大きな支えになったと考えています。
友達はいつもありのままの私と遊んで話してくれました。ありもしない私の悪い噂を鵜呑みにして私を侮辱した人とは違いました。
だから私は友達が家族と同じくらい大切だと思っています。
中学生の通知表に担任の先生からこう書かれたことがあります。
○○さんは休み時間になるとまるで人が変わると。
それはとにかく授業中は目立たず、馬鹿にされないように気を使っていたからでしょう。
授業中手を挙げることさえ間違って馬鹿にされないか怖がっていましたから。
中学生の頃私は運動部に入っていたので、そこで体力がついたり、友達が出来たりして小学生の頃より本来の自分を出せていたような気がします。
けれど、とにかくほとんどの同級生は私にとって最悪の存在だったので、高校はとにかく中学校の同級生がいなさそうな遠くの学校を選びました。
結果的にはそのお陰で少しずつ素の自分を取り戻して、やっと"普通"の生活を送れるようになってきたと実感しました。
そして、高校三年生になって私は訳あって仲良くしていた友達と絶交しました。(人生初本当の絶交、そして急すぎる展開)
そしてメンタルがとても悪い中進路選択しなければならなく、悩んでいました。
最初は偏差値の高い大学に行こうと思って目標にしていました。しかし、興味はあるけど本気になるほど原動力になるものじゃないのは頑張れないタイプなので成績が伸び悩みました。(とりあえず英検と世界史だけは頑張ってた)
高校三年生の秋頃に本当にこのまま大学に行くのか迷っていた時に、ずっと考えるのを封印していた専門学校を視野に入れました。
専門学校を最初から何故視野に入れなかったかというと、死ぬほど勉強嫌いだからです。
専門学校に行くと高校入ってすぐから決めたら私はきっと勉強しなかったでしょう。
それは将来損になると考えていたので、とにかく大学に受験をして行くんだと考えていました。
けれど他のクラスメイトのように受験勉強に本気になれず、父親からは口ばっかりで数字に出ていないと言われ更に自分が嫌になりました。
でも悩んでいても決断する日は来ます。
そして私は自分のしたい事にチャレンジをしてみることを選びました。
それは幼少期の夢でした。
どうせ叶わないと思って考えるのをやめていましたが、どんな業界でも頑張り続けたら芽が出ると突然吹っ切れたからです。
そしてそこで結果を出せば親を見返せるとも思ったからです。
長すぎて一回じゃ投稿できなかったので二回に分けます!!