僕らが声を掛けると、その大型犬を連れた家族も僕らとボーズを歓迎してくれた。
「フレンチブルですか?」
「いいえ、ボストンテリアです」
「ボストンテリアっていうんですか」
未だにフレンチブルと間違われる事があるけれど、その当時はボストンテリアなんて犬種は全くと言っていいほど知られておらず、増してやドがつく田舎の土地なので知られていなくても、まぁ仕方ない。猫に間違われるよりはマシである。
ボーズとそのゴールデンはすっかり仲良くなった様子で、ボーズはゴールデンの後を尾いていく。ゴールデンは振り返り振り返りしながら、ボーズの前を歩いていく。ふたりともとても嬉しそうだ。見ている僕らもついつい顔がほころぶ。
大好きな大型犬と一緒!
そのうちふたりがじゃれだした。ぴょんぴょんと交互に飛び跳ねながら、飛びついたり飛びつかれたりしている。でも良く見ると、ゴールデンは身体の小さなボーズを踏んだりしないように気を使っているのが解った。ぴょ~んと飛び跳ねたあと、ボーズを避けて着地している。
「頭の良い子なんだねぇ」
ツレとふたりで感心していると、ふたりは向かい合ってお座り。そしてゴールデンは、ボーズの頭に手を置いて「お手」状態に。それを見た僕らは「ボーズが頭にお手をされてる」と爆笑したのだが、それは間違いだった。
なんと彼はその後、その手でボーズの頭をぽんぽんと軽く叩くようにして見せたのだ。
「いいこいいこ」だ!
僕は驚いて声も出なかった。大型犬は賢い賢いと思っていたけれど、ここまで賢かったとは!
自分より小さなボーズを庇おうとするばかりか、人間が犬にするように頭を撫でるとは!そして更に、その表情は、優しげに微笑んでいるのだ!
きっとこの飼い主さんはいつもこの子に「いいこいいこ」してあげているのだろう。優しく声を掛けながら、頭を撫でてあげているのだろう。それを真似して今、ボーズの頭を撫でてくれている。ボーズもまんざらではなさそうだ。
僕は感動し、興奮した。見よこの犬の賢さを!そして優しさを!
世の中捨てたもんじゃない。犬だっていいこいいこ出来るんだ。な?な!
とツレを振り返ると、彼女は「へぇ」と口を前に突き出して、感心してはいるものの感動はしていない様子。
僕はがっくりと肩を落として頭を抱えてばったりとそこに倒れこんだ。その時僕の顔色は多分青ざめていたはずである。
おいおいちょっと待て!
「犬が犬にいいこいいこ」だぜ?しかも優しげに微笑みながらだぜ?これで感動しないってドーユー事?
と顔を上げて突っ込もうとしたらツレはボーズとゴールデンとその家族と一緒に既に歩き出していて、僕はひとりぼっちで地面に横になっていた。
おいおいちょっと待て!っていうかホント、待ってくれ。僕の感動と興奮は身体ごと置いてきぼりにされて、ただただ桜の花がはらはらと散るだけである。
この事件をきっかけにして、ボーズは大型犬、殊にゴールデンレトリバーを見ると無条件に擦り寄って行くほど好きになり、大型犬を見ると体格の違いも省みずにお尻のニオイを嗅ぎまわるという変態チックなボストンテリアになってしまったのだった。
でもねボーズ、ボーズがあの子を探している姿を見て、密かに涙しているんだよ僕は。そして僕も、ゴールデンレトリバーを見るとあの子じゃないかと思ってしまうんだよ。君と一緒にあの子を探している自分に気付くんだよ。そしてそんな時、僕はとても切ない気持ちになるんだよ。そして余計に君の事を愛おしく思えるんだよ。あ……鼻水出ちゃった。