Avantiのブログ
看板


世界の大都市で、日本ほど、看板の多い国はないように思う。


高層ビル街や事務所ビル街にはせいぜい縦看板ていどだが、


遊興施設街としての新宿歌舞伎町や渋谷、池袋界隈は縦看板のほかに、右の写真のような各階の窓一面を、看板で被い尽くしている究極の景観無視の看板で、ビル全面を覆い隠しているビルが林立している。


最近、斯様な景観に関する否定的な私的見解を述べ始めて、比較している対極が、つまるところ、イタリアの中世都市の、シエナのカンポ広場やアッシジやサンジミニャーノなどの細い石畳の通りを上り詰めると、教会とこじんまりした広場とカフェテラスが

待ってくれている。


通りには看板らしきものは全くない。


世界一美しい広場と称されているカンポ広場は、12世紀から広場に面する建物の景観上の規則が決められていた。


こんなイタリアの景観規制を持ち出して、比較するのが間違って

いる。


東京の繁華街はけばけばしい活気が似合っている。秋葉原の電気街には世界中からお客が集まってくる。

ビル全面が原色の看板でどんどん客を呼び込めよ!


住所がOO丁目OO番地OO号と教えられても、すぐに行き着けないないだろう?


最も手っ取り早く、目指す電気製品店を探す方法は、通りに立って、窓一面の看板を探すのだ?

町の景観なんかどうでも良い事、俺たち秋葉に住んでいないもんーーーーーーー!!!!




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電柱と電線


大都市:東京の景観を考えるとき、人間の慣習で最も替え難いの

は<食習慣>だけど、反対にすぐに慣れ易いのが、周辺環境へ

の視覚上の<慣れ>ではないか、と考えは始めている。


通りにはまったく見られない電柱とビルの各階に端の全階に突き出ている<経看板>や繁華街の各階の窓全面の看板、それも

人目を引くように<原色の赤、黄、など>:斯様な都市の景観に

対する我々の視覚上の慣れは、最初に感じる<違和感>

を、最も速く、払拭できるように思う。


右の如き電柱と垂れ下がった電線の風景には、見慣れていたはずだったのに、久しく日本を離れて帰国して、以前には全くきずかなかったこの状況が、しばらくはとても気になってしかたなかった。


この写真の通りは、新宿駅に近い青海街道に平行して走る1ブロック内側の通りである。高層ビルの谷間の忘れられた通りである。


斯様な例は、都内の至る所に、未だ沢山存在している。

欧米では斯様な風景にはおめにかかれない。