たまに嫌気がさす。
安物の牛乳コップに注いで
ため息吐きそうになる。
安物でも牛乳は牛乳なんだが。
何かが違う。
お腹が減ったからと、これまた安物のカップ麺買って
お湯を注いで待ってる間
凄い嫌になった。
3分待って口にしながら考える。
考えるとゆーか、思い出す。
落差。
札束。
広い家。
仕立ての良い服に
ダイヤとルビーと高級時計。
外で手を挙げたら車は止まり
どこへでも好きな所へ。
懐かしいような
昨日の事のような。
そんな喪失感抱えながら
黙々と麺をすする。
牛乳飲む。
途中で吐き気がしたけど詰め込んだら
そんな安物でも
お腹は満たされているという現実。
別にこの生活も悪くないなぁって
思ってた筈なんだけど
そう思う様に思う様に暗示をかけてたのかもしれない。
そう思わなきゃやってらんなかったのかもしれない。
そう肯定しなきゃ、今の現状を肯定しなきゃと受け容れようと、受け容れようと、必死になってただけなのかもしれない。
ワガママはいけないと
否定しても何も始まらないと
今の自分では動きようもないと
一種の諦め。
これから取り戻せる。
また立て直せる。
と、希望は持てど保証は無いのだ。
落差故の憂鬱なのか
余りにも若いうちからお金を持ったモノで
こじらせちゃったのか
或いは両方か。
どたらにしろ
何にせよ
現状に不満があるから
余裕がないから
こーゆー思考がグルグルする。
それでも、自分はまだ幸せだと思いたい。
正当化しないとやってらんない。