【治療歴】
☆2018年10月 肺腺癌ステージ4と診断される。
胸椎、脳、リンパ節に転移あり。骨折寸前のため骨転移部の固定手術後に放射線治療10回
☆2018年11月 EGFR遺伝子変異のため分子標的薬のタグリッソ80mg服用開始。
☆2022年3月 腰椎に転移。放射線治療5回
☆2023年10月 腰椎に転移。放射線治療5回
☆2024年7月 胸椎、肋骨に転移。放射線治療10回
☆2024年8月 タグリッソ終了(5年9か月)
二次治療ABCP療法(4クール)
☆2025年1月 AB維持療法(14クール)
☆2025年11月 脊柱に転移。放射線治療1回
☆2025年12月 三次治療ドセタキセル単剤
入院前後の休職を経て
1ヶ月以上ぶりに職場へ。
ひさびさの仕事が思いのほか楽しく
まだ働けてる~という達成感!
でもこれは体調が安定しているからの
ポジティブ感情であって
数ヶ月前の絶不調時は
働きに行くのが苦痛で仕方なかった。
通勤が辛かったし
基本的に暇ゆえ、一日が長かった。
往復1時間の自転車通勤が辛くなり
バスは待ち時間と混み具合が嫌で
車で通勤して、昼休憩のときは
車の中で横になって休まないと
午後からの仕事がもたなかった。
それが今では寒い中、
屋外ベンチでサンドイッチを食べ
食べ足りないわーーとつぶやくまでに。
ちょっと良かったり
すごく悪かったり。
これからもこんな感じで病は進行し
体調は乱高下して
治療は続いていくので
いったん仕事は引くことにした。
今日は痛くてしんどいなぁ…
と感じる日は
無理してがんばることはやめて
一日身体を休めるような生活にしても
そろそろよいのかな。
治療8年目やし。
不調の時に退職日を決めてしまって
スッキリしたーーと思ってたけど
ちょっと元気になった今は
あれ? 早まったか?
今ならもっと働けるけど!
なんて思ったり 笑
でも楽しい~で終わったのは
復職1日目だけ。
2日目に引き継ぎや片付けを終えると
もうすることがなくなってしまい
そうすると逆に身体がしんどくなって
帰る頃にはふらふら🚴
やはり今が潮時なのかも。
調子のいい時にきちんと引き継ぎして
(といっても有期契約職員なので、さほど引き継ぐほどの仕事はしてないけど 笑)
ステージにマイクを置いて?
華麗に去ることができてよかった。
新卒で社会人になって三十数年。
働き始めてから何度か転職し
派遣やバイトを入れると
ここが何度目の職場かは
ハッキリわからないけれど
肺腺癌に罹患したことがわかり
いつまで働けるかわからない状態で
治療を続けながら就いた仕事だったので
なんだかことのほか思い入れがあって。
面接の時は病気のことは内緒にして
健康なふりして採用されたけど
採用後に健康診断書の提出あったし
1年目に放射線治療で早引きが続き
上司にカミングアウトせざるをえなく
なったのだけども…。
一年ごとの更新ができていることが
まだ行ける!と
自信にもなっていた。
働く時間や休みの取りやすさ、
仕事内容やハラスメント無縁の人間関係
など、どれもこれも恵まれていたなぁ。
あと、職場付近の風景が好きなので
毎日見られなくなるのは寂しい。
これからも自転車でウロウロしたり
周辺を散歩しようかな。
うっかり発見されないように
これからは全く働かない、
というわけではなくて
リモートでできることや
体調にあわせた短期の仕事など見つけ
年金がもらえる時がくるまで
なんとかつないでいけるとよいけど。
年金もらえるまで生きてられるか
それが問題だ。
なんとか受け取りたいもんよなぁ。
せっかく払ってきたんだし。
年金までもしたどり着けなくても
社会保険や高額医療費制度では
おおいに恩恵に預かってきたので
まぁ、十分ではあるのだけども。
今年も残すところ、あと少し!
夜は家でゆっくりするのが好きなので
友人との忘年会は昼間に開催。
ある時はせいろ蒸しランチで。
ある時は台湾茶のお店で。



