eco≠ego
少し前にTwitterでフォローしている茂木健一郎さん@kenichiromogiのTLで見た話ですが、
なるほどと思ったことがあり、自身盲点でそんな考えたことがなかったけど大事なこと。
反原発が高まっていく中で太陽光エネルギーなどのクリーンなエネルギーが注目されている。
クリーンでエコなエネルギー...
もちろんその仕組み自体にはなにも環境を壊すような物質がなく、「地球に優しい」と言われる。
しかし、風力発電もそうだし、太陽パネルとかもだけど、人工物であるということ。
人工物の大半は人間の為に作られている。だからこそ人間に取って有益であることが大前提だ。
一見環境に優しそうな風力発電の風車、太陽パネルは使い方次第では環境に悪影響がでる。
一概に自然を利用しているからエコそういう訳ではない。
例えば、原発を停止した分の電力を補う為に新たに太陽パネルを設置するとする。
その場所がビルの上だとか今人が暮らしている空間に設置することが出来ればそれはとてもエコ。
しかし、考え方を間違えて森林を切り、そこに設置する。砂漠に設置する。無人島に設置する。
人が暮らしていない環境の中に設置をするということは環境に変化もたらすことになる。
自然がある所に人工物をおくということは、その場の生態系を変えることにつながってゆく。
一見、元の自然を壊しても発生するエネルギーでプラマイ0な感じはするけど、全然違う。
生態系を変えてしまうということは一つの種族が滅びる可能性があるということ。
生きる、生きてゆける環境をなくしてしまった動物・植物は滅びるのみ。
一つのものがなくなるということはそれに合わせてほかも多少変化が出るはずだ。
そうやって環境破壊は深刻化してゆく。
人主体で考えていてはこんなことに気付ける訳もない。
適当にエコだしいいじゃん。
こんな風にしてきたから今環境の変化が至る所で出てきている。
地球という環境で進化してきた人が自身の文明で地球を亡きものにしようとしている。
いい加減に気付かなければならない。
地球がこれまでの歴史で育んできたものを壊している事実に。
熱狂的にエコを考えなければならないという訳ではない。
ただ、人主体のエゴではなく、地球主体としたエコの考えがなければ結局人にも未来はないということ。
春夏秋冬ある国で生まれて、様々な種類の自然を知ることが出来る。
そのことがすごく尊いことだということを知らないといけないと、僕は思う。
なるほどと思ったことがあり、自身盲点でそんな考えたことがなかったけど大事なこと。
反原発が高まっていく中で太陽光エネルギーなどのクリーンなエネルギーが注目されている。
クリーンでエコなエネルギー...
もちろんその仕組み自体にはなにも環境を壊すような物質がなく、「地球に優しい」と言われる。
しかし、風力発電もそうだし、太陽パネルとかもだけど、人工物であるということ。
人工物の大半は人間の為に作られている。だからこそ人間に取って有益であることが大前提だ。
一見環境に優しそうな風力発電の風車、太陽パネルは使い方次第では環境に悪影響がでる。
一概に自然を利用しているからエコそういう訳ではない。
例えば、原発を停止した分の電力を補う為に新たに太陽パネルを設置するとする。
その場所がビルの上だとか今人が暮らしている空間に設置することが出来ればそれはとてもエコ。
しかし、考え方を間違えて森林を切り、そこに設置する。砂漠に設置する。無人島に設置する。
人が暮らしていない環境の中に設置をするということは環境に変化もたらすことになる。
自然がある所に人工物をおくということは、その場の生態系を変えることにつながってゆく。
一見、元の自然を壊しても発生するエネルギーでプラマイ0な感じはするけど、全然違う。
生態系を変えてしまうということは一つの種族が滅びる可能性があるということ。
生きる、生きてゆける環境をなくしてしまった動物・植物は滅びるのみ。
一つのものがなくなるということはそれに合わせてほかも多少変化が出るはずだ。
そうやって環境破壊は深刻化してゆく。
人主体で考えていてはこんなことに気付ける訳もない。
適当にエコだしいいじゃん。
こんな風にしてきたから今環境の変化が至る所で出てきている。
地球という環境で進化してきた人が自身の文明で地球を亡きものにしようとしている。
いい加減に気付かなければならない。
地球がこれまでの歴史で育んできたものを壊している事実に。
熱狂的にエコを考えなければならないという訳ではない。
ただ、人主体のエゴではなく、地球主体としたエコの考えがなければ結局人にも未来はないということ。
春夏秋冬ある国で生まれて、様々な種類の自然を知ることが出来る。
そのことがすごく尊いことだということを知らないといけないと、僕は思う。