時代はいつだって、緩やかに或いは駆け足で変わっていく
人も街も変わっていく
よく話しをした人、決まった時間にいつも出会う人たちはいつの日かいなくなっていく
学生の時に通い慣れた道や、思い出の場所、大好きだった景色
当たり前のようにそこにあったものは、気がつかないうちに、真新しいものに変わっていく

それらは、時の流れだとわかっていても悲しく切なく、寂しい気持ちになる
だから時々そうした光景を目の当たりにして、変わらなければいいのに、残してくれたっていいのに、と思うことがある
大好きな人たちがいて、たくさんの想い出が詰まった景色を眺めていられたらいいのに……

少し前まで、そう思っていた
でもある時、ふとした拍子に耳に飛び込んできた言葉がある
 
  どんなに変わっても 僕の生まれた町
  どんなに変わっていても
  あの頃ここは僕らの特別な場所だった
  今でもここに来れば 丘の上 僕らがそこにいる

あぁ、なんだ
変わらないものはある
景色が変わっても、人がいなくなっても、ちゃんと一人一人の心のなかに、思い出は残っている
それでいいじゃないか、と思い直した

変わっていくことは、どうしても怖い
けれど現実の世界では時代が変わって、人も街も変わって、いろいろなものがめまぐるしいスピードで変わっていく
やっぱりそれに目を背けることはできないし、その流れは悲観している時間を与えてはくれない
適応できなければどんどん振り落とされて、時代と時代の間でポツンと取り残されしまう

でも大事なものは身体が、心の奥底が、ちゃんと覚えてくれている
それは景色だったり、匂いだったり、音楽だったり、紙片一枚がきっかけになるかもしれない
それらを通してちゃんと思い出せる
だから、悲観なんかする必要はない
素敵だと思えるものをどんどん取り入れて、たくさんのことを長くも短い人生の中で体験して、自分を磨けていけたらいい
そうして時々疲れたら、昔のことを思い出して微笑むことができたらいい

変化を恐れないこと
今は、そう思う





いろんなことが、ダメになっていった、そう、今は思う
それが当たり前のように、世界の、社会の渦に奔流された
そうして、見えているのに見えないフリをしていたのか、忘れてしまったのか、あるいは失ってしまったのかわからないけれど……

いろんなことをしても許される時間は、誰しもある
たくさんのことを想像して、目一杯妄想して、身の回りのものを使って、自分だけの物語を作り上げた
様々な人が出てきて、たくさんのヒーローや悪役が出てきて、必ずといっていいほど勧善懲悪で、夢の世界だった
自分の背中に翼が生えたように、自由に飛んでいけた

たぶんそれは「こども心」と呼ばれるもの
楽しめる心、遊べる心、気づきを見つけられる心、驚きを新鮮に感じ取れる心、心のなかで見ることができる心
持ち続けていると、馬鹿にされる心
でも、どこかで、忘れてはいけないと思っている心

あぁ、まだ小さいから
うんうん、これから覚えていこうね
ヘンだよ
いつからか、そうして、だんだんとできていたことができなくなって、いつも心の中に描いていた物語は音もなく静かに消えていった

小さいけれど大きく描いていた真っ白な世界は、いつからか黒い色が混じり始めた

だんだんと高度な知識を獲得して、少しずつ世界の仕組み、世の中のこと、歴史のことを知った
いろんなことを見つけ、生きていく中で常闇のような世界があることも知った
大人の不条理も、ズルさも、醜さも、人の弱さも知った
でもそのなかで、どうにかこうにか生きていくことも、知った

そうしていつからか、背中の羽は消えて、下を向いて歩くようになった
どこへも行けない、でもここじゃない
ぼくは誰だろう
答え、のない問いを胸の奥底に隠して……

そんなとき、ふと思い出したことがある

君の背中には翼があるよ
どこへでも飛んでいける
どこへだって行かれるんだ
小さな小さな王子さまは、いつだったかそう教えてくれた

もしかしたら、誰の心の奥底にも、「こども心」を持った小さな賢者は息を潜めて眠っているのかもしれない








春風、という言葉は、好きな言葉の一つだ
春に吹く風、春を告げる風
春の風はあたたかく感じる

ひょっこりと土の中から顔を出した、たくさんの生命を優しく包み込んでくれる
生命を爽やかに深い眠りから起こしてくれる
そして、どこか太陽の匂いがする

そんな爽やかな風が晴天の下で吹き、桜の木々を揺らしている
年に一回の素敵な景色を、ワクワクしながら歩き回るのが楽しみなのに、春風邪にかかってしまった
あぁ、なんて無情な…
喉の痛みで夜もなかなか寝付けず、なにかしようにも体がだるい
本を読んでみたものの、内容は全く頭に入らない
映画を見ようと思ったものの、右から左へと映像と音が通り過ぎていく
入力も出力もオフにして、とにかくぼーっと過ごすしかない悲しみ

遠くで走る車の音を聞きながら
電車が走る音を聞きながら
鳥がさえずる声を聞きながら
木々が揺れるのを窓から見ながら
あぁ、足を止めてみるだけで、こんなにも世界は美しく見えるのか
それならば、何十年ぶりかに風邪にかかるもの悪くないものだ
そう思い直した

何気なく通り過ぎていく日々の、一瞬一瞬のどこかには素敵なものが溢れているのかもしれない
日々膨大な量の情報を取捨選択して、移動する時や家にいるとき大好きな音楽を聴く
目的地を決めて、脇目も振らず歩いていく

そんなありふれた日々の生活の中で、あえて身体に取り入れるものをゼロにしてみる時間があってもいいかもしれない
それは自然に身体を任せてみることであったり、椅子に座って流れる時間に身を委ねることであったり、周りの音に耳をすませてみることであったり……

いまこの瞬間、一秒一秒を、全力で、持ちうる全ての感性を使って感じ取ること
誰かが紡ぎだした言葉の塊をゆっくりと噛みしめて読むように、そんな時間の感じ方があっていいかもしれない

はやくこの喉の痛みが癒えてくれればいいぁ