くそーっ
職場のために一生懸命やったつもりでもろくな事がなかった。一昨日は人手が足りなかったから超勤していたのに、救急車騒ぎはあるわ、おまけにヘビ騒動はあるわ、電話はひっきりなしにかかってくるわで10時半に終わる予定が13時頃になってしまった。おまけに駐輪場に停めていた自転車はパンクしてたし、帰宅して疲れて寝てしまって起きたら夜中で、予定していたリフレの店に行きそびれたし、何のために一生懸命やったのかわからない。けど自分が思っている程人には一生懸命には思われてないのかもね。私の頑張りなんて知れてるというよりも頑張りのうちに入らないのかも知れないけどね。
先日
京セラドームへAKB48の握手会に行ってきました。握手券が入手困難でしたが、京都のある店で奇跡的に握手券入りのCDを購入できたので何とか行くことができました。これはその店の存在を知っている友人のおかげです。本当に感謝です。会場では麻里子様とゆきりんに握手をしてもらいました。麻里子様は前回してもらった時に私の事を覚えてくれていたような表情と言い方をしてくれて、ゆきりんは握手が終わった後も時間が許す限りこちらを微笑んで見送ってくれました。
ゴミにシンパシー
先日のこと、車掌から「お客様がおたくの駅のホームのゴミ箱に弁当の空き箱と一緒に切符も間違って捨ててしまったみたいなのでゴミ箱の中を探してあったらこちらに連絡して欲しい」との依頼があった。仕方無しにホームに出向き、車掌に言われた場所のゴミ箱をあさり始めた。けど切符は見つからなかった。おまけに半分コーヒーが入ったままの紙コップをうっかり触ったら中身が手に付いたりとんでもなかった。ゴミをあさっているうちにある事を感じた。それはこのゴミたちも私も捨てられた物ということに関しては共通点だということ。私も運転士と車掌の職場にいた頃はさんざんいいように使われて、いざ駅が人手不足となったりしたら乗務職場から捨てられたし、目の前にあるゴミたちも中身があった頃はみんな美味しがって食べていたであろうに、用が済んだら捨てられると思うと切なくなってしまった。私がゴミならいま勤めている駅はゴミ箱か?こう思うと余計に切なくなってきた。