夢を見ました。
職場の会合に、出張ってくる一社員の親御さん。「○○組」とか称して、娘の意見に沿わぬ相手を取り込もうと必死に働きかけて来られる。皆に相手にされずヒステリー。
…いや、居ないんですよそんな人は実際には。夢ですから。

でも実際居たら皆やっぱり全力で回避やろうな…。妙にリアリティのあるその夢から覚めた時、私はしかし、「なんでそこまでするのか」「なにを目指してるのか」掘り下げて訊いてみたいし、そうするべきだと考えました。

皆から意見が合わない人でも、腹を割って話す。そしてこちらの意見も相手に投げかける。そこまですれば、意見が合わずとも認め合うことが出来る。「そう言う意見もあるのね」と言える。

実際そういう社員さん、前回の職場にもいやはりました。実際私はその方ともよく話し合いました。

迎合する必要は無いのです。排斥する必要もない。戦国時代でもなし「服従か死か」という話でもない訳で。むしろ、「例え殺されても自分の節は曲げん」ぐらいの覚悟があれば、胸を張って渡り合える。その時点で「拮抗」しながらバランスを取り合って並び立つことが出来ると思って居ます。

もしかすると相手の意見が素晴らしくて自分が転ぶかも知れないけど、それもいい事かも知れませんよね。「こいつこんな事思ってたのか」、とか、新たな発見から世界が変わることもあるかも。そして、良い意見は採用するべき。

自分の胸を張れない状況、自分の節を曲げ尊厳を維持できない状況が一番しんどいし、良くない。その為には不断の内省が要ると思います。話し合うには時間もとるしね。それらが手間っちゃ手間。
あと、自分が間違ってたと知った時に恥ずかしい…これは我慢あるのみ。←

以上の考え方をすると一番忌むべきは「自分の事を表に出さず殻にこもり独り善がりで居る人間」という論理があてはまります。そういう奴は…黙殺。もはや関わらない。必要もない。



まぁ…夢なんですけどね、今回は(笑)



実は私の好きなコミックに『武装錬金』という作品があります。少年向けのアクション作品で既に完結してるんですけど、あの作品の悪役の一人と主人公との関係性が、正に「コレ」なんですよね…お互いに譲らないんだけど、でもお互いを認めている。これはある意味「究極の平和の姿」ではないだろうか…と。
(作者が何やら捕まってたけど、そんなことは関係ない。いい話はいい。)



そんな私は昨日、職場に最終挨拶に行ってまいりました。今日付で退職ですがありがとうございました、と。
オーナーの方々(親族経営でしたから)とは本当によく議論しました。最後まで意見の合わない所もありましたし、意見を容れてくれてもそのようにしてもらえなかったりもしたけど、話はよく聴いてくださったなぁ。こちらがかくあるべきと説いたことに、耳は傾けてくれた…(それでもそのようにはしてくれなかったとしても、できなかったとしても)。勿論私も、先方の意見に従い、やるべきことはやってきました。胸を張って関わってきたからこそ、最後には笑ってお別れできたと思って居ます。

次に向けても、頑張っていけると、そういう姿勢で居られています。