オーストラリアで再会した友人のひとりは、豪州生まれ、豪州育ちの日本人です。この友人の妹さん(同じく豪州生まれ、豪州育ち)には、小学生の2人のお子さんがいます。
その妹さん、オーストラリアの中高で日本語の先生をするほど日本語のできる方です。
それでも言っていました。
子ども(日豪家庭)に、なぜそこまで必死に日本語を身に付けさせようとしたのか。自分のコンプレックスの裏返しなだけなのではないか。この子たちにどこまで日本語が必要か。親子関係を悪くしてまで補習校の宿題をやらせるべきではないのではないか、と。
結果、家庭での日本語をゼロにはしていないけれど、日本語日本語と追いかけることはもうしていない、と。
私のboonの英語についての狂気も、私自身のコンプレックスが影響していることは間違いないです。でも、今の日本を見ればどう考えても英語はできた方がいい。日本語モノリンガルはリスクが高い。だから、日本語家庭が英語をやらせるモチベーションは大きい。他方、英語家庭がアイデンティティのために日本語を追求するのは、もしかしたら、日本でのおうち英語よりもよっぽど心理的な面では難易度が高いのではないかと感じました。