「捄国」=「土を盛る国」 | 未知の駅 總フサ

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千葉県=東国は蘇我氏に縁の地であったという痕跡を探し、伝承・神社・古墳など諸々を調べています。

百嶋神社考古学にご興味を持たれた方はブックマークの「新ひぼろぎ逍遥」さんを訪ねてみてください。

「総国」は元は「捄国」という表記で、 「捄」の意味は「土をかきあつめてもっこに盛る」でした。

 私は木簡についてや古字についての知識はないので、 藤原京から発見された木簡の「上捄」の部分だけが 乱れた筆跡であることを穿ってみてしまいましたが、 一晩考えて意味が通るかもしれないことに気が付きました。

 「捄」=「土をかきあつめてもっこに盛る」 ここから想起される物、それは古墳です!

 千葉県は全国4位の古墳数で、関東では1位となっています。

県内で最も古いとされている古墳は市原市惣社にある 神門5号墳・4号墳・3号墳で築造年代は 3世紀中葉前後(西暦250年前後)だそうです。 (神門古墳群:市原市埋蔵文化財調査センター)

市原市(古代の菊麻国・上海上国)は多くの古墳群があり、 隣接する袖ヶ浦市・木更津市・君津市・富津市(古代だと 馬来田国と須恵国にあたる)と多くの古墳があります。 その他、下総国にあった印波国には県内最大規模の方墳・ 岩屋古墳がありますし、下海上国・武社国・伊甚国にも 多くの古墳が残っています。

また古墳がある土地の古い神社はたいてい古墳の 傍に造られており、私的ですが千葉県においては 神社=古墳 という形式が古社である判断基準の一つです。 ですが上述の形式であるにも関わらず、 名もなき社扱いになってしまっていて 荒れ果ててしまっているお社もたくさんあります。

なかには近年宮司さんや氏子さん達の御尽力で整備され 再び信仰されている神社や遷宮されている神社もありますが・・・ 特に都心部においては難しいようです・・・ 近年パワースポット巡りや御朱印集めが流行していますが もう一歩踏み込んで、何かの動きに繋げられると いいのになぁと思います。

古墳の話から逸れてしまいましたね。 県内にはいまだ未調査の古墳もあり 保全などされないまま風化しているものも たくさんあります。

 お願いだから調査してなんとか残してほしい・・・ さて、「土をかきあつめてもっこに盛る」の解釈に もう一つあります。 それは「製鉄」です。(続く)