私が、絶対しないと心に決めていること。

○○さん何歳ですか?


と聞かれて、「え~、何歳に見える~??」と聞き返すこと!!


これ、言われると本当にめんどくせ~!!!と思いませんか??


別にお前年齢にそんなに興味ないし!!

ていうか疑問文に疑問文で返すなっつーの!!



これ聞くのってかなり自意識過剰じゃないか?



いるんですわ。

私の職場にも。



私はカフェのキッチンで働いてるんだけど、一緒に働いてる男の子が、ゲイまたは、見た目は男!心は女!みたいなタイプなんじゃないかと疑ってたくらいソフトな人当たりなんだけど、一回イライラしだすと超凶暴なんです。


まず、洗い場にバットやらトングをやたらと放る。

そして、まな板をドーーン!やる。



基本的に身近で壊れなさそうなモノにとにかくあたるのです。


初めて遭遇したときはビックリしたし、私何かしちゃったかな・・・?

と不安に思ってたんだけど、なんだかだんだん腹が立ってくるあたり、私もなかなかふてぶてしいのか?



うちみたいに小さいカフェだと、従業員の話し声もキッチンのドタバタも全て筒抜け。

あんまり飲食に向いてないと自覚してる私でも分かる、めちゃめちゃ基礎的なことが彼にはわかっていない。


「お客さまがいるんだよ!!!このゆとり教育世代がぁぁぁぁぁぁ!!!!」と心の中で何度叫んだことか!!


結局は私が何か言う前に店長が「ちょっとイライラすんのも分かるけど、大人なんだからさ」みたいに冷静に諭すんだけどね。


次があると思うなよ!!

と、心の中で絶叫するけど、やっぱりちょっと怖いと思う乙女心は、彼には当分分からないだろうな~

ここ最近、今まで敬遠していた時代小説を読み始めました。

きっかけはちょっと前にやっていた映画「雷桜」の原作を偶然図書館で見つけたことでした。


この「深尾くれない」という言葉は、実は今はもう絶えてしまった牡丹の名前。

この本の中で出てくる「深尾くれない」の表現は日本語の美しさを感じます。



【あらすじ】

深尾角馬の剣の道の師範としての一面と、最初の妻、後妻、一人娘の三人の女とのことを描いている。


角馬は、短躯(低身長)からの反骨心から剣の道に邁進してきた。そして、新しい流派を旗揚げし、師範として模索しながらも順調に新しい剣を編み出す角馬。

一方、姦通した最初の妻を切り捨てた角馬の過去を知りつつも、寂しさから姦通した後妻をも切り捨てた。しかし、一人娘の不始末を知った角馬は、もう女を切ることはしなかった。



この本を読んでいると、角馬という男は、女の気持ちを考えるという思考がそもそもなかったのではないかと思ってしまうようなヤツなのです。

時代がまだ男尊女卑というか、旦那さまは神様かなにかですか?ってくらいに持ち上げるのが当たり前だったから仕方ないのかもしれないけどさ。

だからといって、庭に咲いている牡丹よりも自分は愛されていないと感じながら、親が決めた相手と生きていくなんて現代っ子の私にはエグすぎる・・・



「雷桜」が読みやすかった分、「深尾くれない」は剣の道のことが三分の一くらい書かれていて、あまり読みやすくはない。しかし、男という大きなくくりの一片を理解することができる本だと思った。