悩んでいる訳ではない。
話せる人・聞いてくれる人が周りにいない訳でもない。
昨年、夫婦仲で悩んでいた友人に、
『そういえば夫婦カウンセリングっていうのがあるよね!』と自ら提案したことがきっかけである。
提案したはいいものの、私自身カウンセリングというものを体験したことが無い。
私は、物心ついた時からずっと
【自分のことをもっと知りたい
】
【知らないことを知りたい
】
【答えの無い問いについて考えたい
】
ということを毎日毎日探求/考え続けているように思う。
カウンセリングは心に傷を負った人や生きづらさを感じている人・・・が行く場所だと思っていた。
日常生活を何ら不自由なく過ごしているわたしなんかが行く場所でないと思っていた。
だけれど、その夫婦カウンセリングを受けた友人の話を聞いて
『気軽に行っていいのか!』という事がわかったので、
行ってみた。
開始早々に、
悩んでいるわけではないこと、
生きづらさも特に感じていないこと、
周りの人たち(家族や友人)にとても恵まれていること、
を告げたうえで、60分間たくさん話した。
質問されたり質問したり。
そして、ある意味 衝撃的なことを言われた。
『ひよこ豆さんは、体感覚優位の人だと思われます。』
『ひよこ豆さんのようなタイプの方は、統計的には日本では非常に少ないんです。』
『おそらく今まで周りの人から理解されなかったり、逆に周りの人のことをすぐに理解できなかったりが多かったのではないですか?』
日本では非常に少ない。
これは納得。
自分が世の中の少数派であることはずーーーーーっと前から自覚していました![]()
衝撃的だったのは...体感覚優位であるということだった。
いつの間にか私は、自分で勝手に“理屈っぽい理論派”だと思い込んでいた。
それはなぜかというと、
・外から(特に社会人になって職場の人から)多く言われるようになったから。
・理論か感情かで分けたら、私の頭の中では完全に理論が勝つから。
だけれど、それはとんだ勘違い。
理論or感情、のほかに理論or感覚ってのもあったのか
!
それは知らなかった...
なるほど...そういうことですか。
共感覚のことも、アウトプットするときの表現方法のことも、普段の頭の中で繰り広げられていることも、
そういうことだったのか...
いや~衝撃的だ。
私がメモ魔なのは、とにかく書き留めてとっておくクセがあるのは、
それら(表現しきれない色々、まとめきれない色々、伝えきれない色々)を、
アウトプットするため+記憶しておくためだという事も分かった。
★私のメモ魔の話はまたいつの日か書くとしよう。
カウンセリングを受けたことを、周りに話しました。
『私は感覚派なんだってさ
』と。
そしたら話した人全員に
『え、もちろん感覚でしょう。何だと思ってたの?まさか理論派?』と言われました。
え...もしや知らなかったのは私だけ?恥ずかし...![]()
カウンセリングを受けてから2ヶ月以上経過しましたが、やっぱり腑に落ちてはいません。
本とか論文とか何冊か読んでみました。
感覚派の特徴をみていると、確かに私は感覚派だ...
だけれど、
まだ納得できていないところと、新たに湧き出てきた疑問がある...
そうだ!
新型ウイルスがもう少し落ち着いたら、もう1度行ってみよう。
★このブログの書き方を読み返してみると、確かに理論派ではないな笑![]()
