2025年11月20日

両目を失ってから10年。

施設で暮らしていた、91歳の母が旅立ちました。





私は4年前から

コンサルセラピストの

長島由利子さんの元、

ボディワークセッションで体感覚を

調えると同時に

自分の内側を丁寧に見つめ、

『現実は全て自分で創れる』という極意の

学びを重ねてきました。


今年の夏頃でしょうか。

ふと、大好きだった父のことを思い出し、


そういえば、母には同じ様な感覚が

感じられないな、、

かえって、母を思うと不快な気持ちがする、、

と思った瞬間


「わたしは母が嫌い」と湧いてきたのです。


びっくりしたのと同時にびっくり


「どんな感情も対等であり、

大切な自分の感情なんだ」と

学んで来ていたおかげで

湧いてきた感情に向き合う事ができました。


〝そうか、そうだったんだ。。だから

母と話した後、あんなにモヤモヤしたんだ〟と、

わたしの気付かれたがっていた感情に

気づくことが出来、わーっと泣けましたえーん


母が嫌いだなんて、思ってはいけない

感じてはいけない、そんなのとても悪い子だから

いい顔して、いい子にして

母と話そうとしていました。

なのに母と話すと辛くて仕方がないショボーン


その辛さをなんとかしたくて


母に、面会した帰りは

無性に何か食べたくなるのですあせる


気付かれたがっている感情の前には

気付かれたくない、と抵抗する感情がある。


わたしは、食べることで自分の本音に

気付かない様にフタをしていたのです。



自分が「母のことが嫌いだった」と

気づき、それをよしよしおねがいと認められたら、

ようやく深いところの自分と繋がり、

モヤモヤが晴れて、胸が温かくなりましたおねがい


すると、不思議なことに

母への想いも変わり始めました。

「嫌い」という不快な感情は溶け、

母との温かい繋がりを

感じられるようになったのです。


その気づきは、大きなギフトでした。


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母は亡くなりましたが


以前、長島由利子さんが

ラジオで伝えてくださった“幸せレシピ”。

その言葉が、今になって

腹の底にジワーっと響きますキラキラ


生きることも死にゆくことも。

それはあまりにも愛しく、苦しく、

あったかく、寂しく、

すべての感情を切なく内包する。


命を持つ魂が、

肉体を持つ『人』として生きることは、

恵みなのだと。

終わりがあるからこそ、愛しく、切ない。

そう思えたら、

人はしあわせと言えるのではないかな。

そして、終わりは始まりなのだ。



90年という時間を、

自由とは何かを自らの生き方で示しながら、

生き切った母。


いつもの様に振り返ることもなく

誰かに断るわけでもなく

「じゃあね」と言わんばかりに。


その母に託された『自由とは』

わたしの人生へのエールとして

折に触れて問いかけ、生きよ、と受け取ります。


母の姿に、憧れと尊敬、そして深い感謝を込めて。


合掌🙏