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12月17(日)名古屋リメンバランス

「遊び道具!?足利さんを使い倒そう!」

 

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こんにちは。

 

「遊ぶ」体験をしてこなかった諏訪です。

 

なので、体験してみたくて女子に「遊んで」と頼んでみた(^^♪

 

「私、高いよ。」だって。

 

YES,NOの前にすでに遊んでくれていたのですが

私はそれがわからない…。

 

ほんとっ阿保ですね。

 

でも、この「遊ぶ」こと。

 

自分の本当の感情、本当の望みに気付き、緊張を解くには最適な活動です。

 

たかが遊び、されど遊びです。

 

来年の名古屋リメンバランスの方針にしようかと思っているくらいです。

 

そのお試しとして、今回のセミナー。

 

「遊び道具としてどうぞ!」

 

と言われたことを素直に聞き入れることにしました。

 

ふざけていません。

 

真剣です。

 

いけないです、これがダメなんです。

 

遊びに真剣さなんていらない。

 

遊びはただ遊び。

 

ルールも何もないのが遊び。(だそうです)

 

気付きと学びのための

今回のその遊び道具の名は「足利」。

 

なめる、なでる、投げる、なんでもありです。

 

「遊びの中にも学びや気付きがあることに…。」

 

いかーん!またやってるし。

 

やっぱり遊べないかも。

 

今年最後の名古屋セミナーは「足利と遊ぼう!」です。

 

◆リメンバランス(心のデトックス)名古屋セミナー

  ※エンジェルさんの会というシェア会(無料)はセミナー開始前にやります。

 

◆会場:セミナー会場

 名古屋会議室 名古屋伏見駅前店

     名古屋市中区栄1-5-8

      藤田ビル 2階 第5会議室

    エンジェルさんの会(シェア会)会場

     上記ビル1階 上島珈琲店 店内

 

◆日程:2017年12月17日(日)

 

◆時間:13:30~18:30

    エンジェルさんの会(シェア会)は

12時~13時(13時より会場へ移動予定)

 

◆参加費:セミナーのみ 10,000円・瞑想込 13,000円

 ※瞑想のみの参加はできません※シェア会は無料です

 

◆講師:足利 哲也 氏

 

【リメンバランス・セミナー(心のデトックス)とは】

 

『リメンバランス・セミナー(心のデトックス)』とは、

ネガティブな感情を浄化(=デトックス)し、

潜在意識をキレイにしていく方法です。

 

日常生活の中で誰でも実践する事が出来、

実生活を通して習得するモノです。

 

ワークショップなので、

お稽古ごとの様に“学びと実践”を繰り返しながら、

自分の意志で身につけていく事が出来ます。

 

『心のデトックス』を身につけていく事で

 

・常に心が満たされた状態になり

・いつも安定した気持ちでいられ

・自然と素敵な出来事が引き寄せられます

 

日常生活の中で、自分自身の課題に気付き、

あなたらしい生き甲斐に、自分で気付く事が出来ます。

そして、豊かな毎日をストレスなく過ごすことが出来ます。

 

この心のデトックスは、仕事・恋愛・家庭・子育て・夫婦・友人・教育現場・人間関係・・・

あらゆる状況を改善、好転させます。

 

◆セミナーに関する質問、要望、提案などありましたら

ぜひ、聞かせてください。

一部の人だけがわかる、できるデトックスではなく

“誰でもできる”やったら、やっただけ楽になるセミナーに

するためにもぜひ声を聞かせてください

 主催:諏訪携帯 090-7314-4060

 メール:bon-hakuryo@docomo.ne.jp

hakuryo@shiroari119.com

 ラインID:mamaojiangel

              ママオジエンジェルさん

 

◆セミナー開始前、もしくは終了後に個人的な相談などしたい場合には

事前にご連絡ください。相談ということではなく、言葉にできないけれど

ただ苦しい、ただ話したいというものでもかまいません。

 

私、諏訪はもちろん、共同主催者杉田、今回の講師など時間の許す限りお聞きます。

対応する者によっては、次の予定がすでにあって、十分に時間が取れない場合

もあります。

 【 連絡先 】

諏訪携帯番号  :    090-7314-4060

 諏訪携帯アドレス:        bon-hakuryo@docomo.ne.jp

諏訪PCアドレス:        hakuryo@shiroari119.com

 諏訪ラインID  :        mamaojiangel

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行動動機が「好かれたい」と言うレンタルおじさんです。

 

(加藤茶…じゃなくて、あの「変なおじさん」風になってきました🎵)

 

それを受け入れたら、何と不思議。

 

好かれなくても、好かれてもドッチデモ良いや、になっちゃった。

 

なんじゃこりゃですね❗

 

それはともかく、じゃあ、受け入れるにはどうしたら良いのか?

 

頭で必死に受け入れようとしても出来なくて、只そんな自分と向き合っただけ。

 

「だけ」だけど…なかなかツラいんだな、これがね。

 

そんな時、些細な手法?だけど、誰かにそのモヤモヤのまま連絡してみると良いかも。

 

なんて言って良いかわからないから、連絡するのも勇気がいるけど。

 

何もしなでいたら、何も変わらないからさ。

 

何て言っていいかわからなくても、とにかく連絡、電話する。

 

間違いない。

 

おじさんは、デトックスの先輩おじさんの後ろ髪を掴みました(^0_0^)

こんにちは、自分が怖いと思う怒りがまだまだあるママオジ(=諏訪)です。 

 

 

 

これは些細なこと?!

私の肚の答です。

でも、頭が大変なことが起きたとガンガン警鐘を鳴らします。

深いところに潜む感情が創造元なのに…。

 

小学1年生の孫は膝をすりむき、傘に穴を開けられ…。

何かあったなと勘づいた瞬間、息苦しくてたまらない。

その相手が幼少時、園をあげての問題児だったからかもしれない。

 

頭は間髪入れずに妄想劇場を始める。

 

これは、いじめだ。

 

相手の家に怒鳴り込みたい衝動は抑えても抑えてもあふれ出す。

家族対抗の全面戦争だ。

「犯罪者になることも辞さないぞ。」と

何を持っていこうかと武器を探す始末。

 

もう、病気です。

 

でも、ケガをしたこと、傘に穴があけられたことは事実です。

そして…衝動も事実です。

 

ただ…「いじめ」は事実かどうかわかりません。

 

解決するために私がしたこと。

それは「何もしない」こと。

 

 

 

大変でした。

 

なんせ目に入れても良い孫のこと。

私はまだ自閉症を受け入れきれていない。

 

なので、心の中で独り言を言い続けました。

 

「しちゃいけない、何もしちゃいけない」と。

 

こんな時こそむずかしいのだけれど

「何もしない」「何も考えない」

 

これが唯一の解決策。

 

 

そういえば、ふと思い出したことがあります。

 

「パパが一番好きだよね!」

「笑って!」

「楽しいでしょ!」

 

これらは、息子がよく口にしていた言葉です。

 

無理強いされる孫たちは

その瞬間、無味乾燥な人形のような顔をします。

やがて、満面の笑みを両親にプレゼント。

 

その笑みを受け取る、強要するパパは癒されたいのでしょうね。

 

自分は頑張っている、自分はダメじゃないと。

 

傷ついたヒトは子どもや周囲の人間関係を

自分を癒す道具とするのかもしれません。

 

それは無意識です。

それは愛情表現と言葉にします。

そしてそんなパパを創ったのは「私」です。

 

でも

 

誰かに何かをされたと思った時

誰かに何かをしてほしいと思った時

それらは皆、無意味な幻想です。

それらは過去の自分を忘れたい衝動です。

 

悲しい事にどんな代償を手にしても

 

「それ」は解決しない。

 

「それ」は解決しない。

 

絶対に解決しない。 

  

◆あとがき

 

結論

 

あれは「いじめ」ではありませんでした。

 

いえ、「いじめ」だったかもしれません。

 

もし、「いじめ」だとしたら

それは孫が上級生をいじめていたということになるかもしれません。

 

孫はただ楽しく替え歌を歌っていただけでした。

 

でも、それを聞く上級生には辛い歌だったようです。

こんにちは、涙を流すことに恥ずかしさを

覚えてしまったママオジ(=諏訪)です。 

(男に涙は恥ずかしいなんて…いつ覚えたんだろう) 

 

 

 

でもね…57歳でまだ涙できる感性が残っていることが

誇らしくもあるんだよね(´・ω・`)

恥ずかしいけど、無くしたくない…かな。

 

さて、3日前から娘は孫を連れて里帰り。

 

せっかく帰ってきたのだから出来る限り休ませてやりたいと

生後5か月の孫の世話を買って出た。

 

と、その話の前に。

 

ご存じだろうか。

 

生後五か月の赤ちゃんの生態を。

 

この頃の赤ちゃんは親、もしくは大人の見守り無しでは

生きていかれない。

少しでも、不快であれば泣く。

ただ、それだけ。

恥ずかしいなど人目を気にすることはありません。

しかも、何が不快の原因なのか推測するしかありません。

ほんと、どんなに愛していても疲れます。

仕方ないですね。

 

 

ということで、世話を買って出たものの

わずか10分で辛くなる爺でした。

 

なんとか爺のメンツを保つ見守り法はないものかと

試案した結果、おんぶ紐に活路を見出してみた。

 

「重い…オモイヨ!」

生後5ケ月のくせにすでに10㎏近くもある孫。

 

「あっ、いい匂い…」

それは、男性性も女性性もない匂い。

ウンチも臭いけれど、臭くない不思議な匂い。

よだれはダラダラ、汚いけれど汚くない。

 

そして、やがて奴は眠りにつく…。

 

 

僕ら爺をはじめ、皆いつからだろう。

 

泣いちゃいけない。

怒っちゃいけない。

言いたいことを言っちゃいけない。

 

あれもダメ、これもダメと言われ続け…

いつの間にやら、あれやこれやと信念を受け入れた。

 

同時に…何かにつけて怒りや不安がやってくる。

 

今では、常に肩に力をいれて一日を過ごす。

いつの間にこんなになっちゃたのかなあ。

人を見たら、泥棒と思え…

同様に、人を見たら緊張するようになったのはいつからだろう。

 

自分自身がそれを希望、選択しない限り

誰も何もしてこないのに。

 

こんな例がある。

 

辛いとき、無理やり笑顔になってみる。

それでもしばらくは辛い。

けれど、しばらくすると楽になったような気がする。

これは「気がする」だけ?

 

笑顔の時間を選択したから

観ている世界が笑顔色になったのかもしれない。

 

そういえば、子どもはいつも笑顔色の世界を選択している。

その時点ですでに何も心配する必要はない。

 

子どもの未来が不安に満ち溢れて観えるのは

不安色に染まった私たちだからそう観えるだけ。

 

不安はない。

不満もない。

怒りもない。

 

だから、今私の胸で眠るこの子たち。

未来に何も問題はない。

 

問題があるとしたら

それは、私たちだ。

 

◆あとがき

 

「ふぅ、腰が痛い。」

 

趣味の世界に山歩きというのがあるらしい。

その世界では10㎏程度の荷物を背負うのはよくあることらしい。

大したことはないと。

 

でも、10㎏は…重たい!

 

こんにちは、名古屋のジュリー ママオジ エンジェルさん=諏訪です。 

 

     

 

「やましさ」

 

悪い事をしたとか、すまない気持ち、うしろめたい、

はたまた、良心に恥じるところがあるなどの意味です。

 

これがあるとき、たいてい私たちは葛藤していますよね。

 

一人は「本当の私」。

もう一人は「偽り、ウソ、演技をしている私」です。

 

一人はそれをやりたいと思い行動する(行動しようとする)

でも、もう一人の私がそれをやっちゃいけないと鐘を鳴らす状態です。

 

ちょっとその前に、

「演技をしている私」って、何?っていう疑問もあるかもしれません。

 

別な言い方をするなら…「無理をしている私」とも言えるかな。

ともかくも、どうしようと考えている時、自問自答しますでしょ。

その時頭の中に現れているもう一人の「あなた」のことです。

 
 

 

 

 

さて、「やましさ」は頻繁に感じる状態です。

 

たばこの吸い殻を歩道に捨てた時。

お釣りを余分に貰ってしまった時。

デートに誘われ断った時。

 

いくらでもありそうです。

 

気を付けなければいけないのは、その「良心」というヤツです。

良心というぐらいですから、正しい、非の打ちどころがないように

一見、観えますね。

 

でも、「良心」ぐらい疑ってかからないといけない要注意人物?はいません。

 

なぜって、その良心は本当の私、本当のあなたではない可能性が高いからです。

 

感じるまま素直に生きようとしていた幼少時に、

母親の常識に合致しないことはすべて否定され、出来上がった「偽り」の良心で

ある可能性が高いからです。

 

そもそも何が正しいかなんて簡単に判断できるものではありません。

なのに、ほんのわずか数十年の経験値から「こうであるべき」と

押し付けられた偽りの正義です。

 

幼いころ、お母さん無くして私たちは生きることができません。

そのため、嫌でもお母さんの言い成りになるしかありませんでした。

毎日これを繰り返したことで今の私たちの常識、良心、信念は出来上がっています。

 

なので、「やましさ」を感じるとき、

この幼い頃に出来上がった信念が良心という仮面をつけて現れている状態です。

 

悲しいのはどんなに葛藤しても、どちらを選んでもすっきりしないことです。

 

すっきりしない、モヤモヤする。

 

こんな時は、本当の自分と偽りの自分が葛藤しているかもしれません。

 

【あとがき】

 

「やましさ」を感じないで生きられる毎日。

そんな日々を過ごせたならきっと楽でしょうね。

私も随分とやましさを感じることが無くなりましたが

未だゼロにはなりません。

 

 「やましさ」も含め嫌な感じがあるときは、

幼い頃に抑え込んだ感情が溢れ始めた時です。

 

そこに意識を向けるのは苦しいです。

 

あなた一人ではむずかしいかもしれません。

そんな時は、私の存在を思い出してみてください。