ほどけてしまう前
なにかを「美しい」と感じることは
なによりも大事なことである。
自分はほとんど確かにそうだと思うけど
どうやら世界は違うと言う。
「なによりも」大事 ではない、と。
だから誰かに
「そうだよ、君が思うのが本当だよ」
と言ってもらえると、安心して 涙がでる。
それでその「誰か」というのは大抵は本で、
あとはハナレグミの歌声とか美瑛の丘の風景とか東山魁夷の静かな絵とかで、
しかも実際には 言ってもらった「ような気がする」 だけなんですが。
★
頭脳と心を
「たえずほどけていくのだが、
意味深い模様を織り続けているはた織り機」
と例えた科学者がいたんだって。
ほどけて模様がなくなり
そこに模様があったことさえ忘れてしまう前に、
今日響いた言葉の切れ端を半分寝ぼけた頭で書きとめる。
「ロマンティック・サイエンス」という言葉を知った。
お昼休みに行った公園で咲いていたハクモクレンは
リリー・マグノリアって言うんだって。
ガーゼのハンカチがいっぱい乗っかってるみたいな、あの花木ね。
だんだん頭がじいーんと重くなってきたから、切れ端ここまで。
こんな切れ端じゃ、つなぎ合わせてもなにもでてこないね。
でももう電池が足りないので、おやすみなさい。
移りゆく季節に
小学校低学年の頃によく通った 小さな公園の
そのすぐ近くにあった、小さなおばあさんのいる駄菓子屋さん。
噛むとくちゃくちゃと紙のような味がする五円玉チョコや
得体の知れない魅惑的カラーの甘いものたちが たくさん並んでいた。
引っ越しをして以来、20数年ぶりに訪れると
崩れそうな木造の建物の中にまだ
同じおばあさんが駄菓子たちの奥に座っていた!!
昔よくここに来ました、とおばあさんに思わず話しかけ 胸が熱くなる
気が付くと
思い出の中の駄菓子屋のまま変わらずに
まだそこに居てくれたことに
ありがとう、ありがとう と 身を震わせてしゃくりあげながら、言っていた。
おばあさんはもちろん、20年以上前のこと
数十円握りしめて 色とりどりの夢を買いに来た私のことなど覚えておらず
それでも優しく呆れながら、謎のピンク色の缶ジュースを 私にくれた。
・・・という夢をみた。
寄り道キノコ
あまりの暑さに気を失い
ふと気が付いたら9月も後半
涼やかな顔した風が走る夜でした。
先週 髪を短く丸く切りました。
日に日にキノコのようになっていきます。
図らずも秋の装い...
★
そうこうしているうちに、今の職場も残り一週間。
気分と天気のいい時は、帰りにふたつ隣の駅まで歩く。
途中青山通り越しに六本木ヒルズと東京タワーを見るのがすきで、
時々そのふたつの間に大気に大きく歪んだ月がいたりすると、なんだか得した気分。
そのまま夕闇の中をフラリフラリ
あっちの店を覗いたり、こっちの路地に迷い込んだり
いやいやフラフラなんてしないと真っ直ぐ急げば、ワタリウムにだって行けちゃいます。
そんな日々も、残り一週間。
仕事の帰り道って、大好き。
これってあまりよくないことなのかしら...
次の場所は 仕事に行く道って、大好き!
と言えるようなところになるとイイネ!!
