ニセモノの幸せであっても

そこに幸せを感じるのなら

それは、幸せな事なんだ
影響されやすい性格なんだよな。

自分の力の無さを実感すると、それだけで落ちちゃうよ。困ったもんだ。

人のために力になりたくてもできないこの歯痒さ。
あぁ、自分って一体なんなんだろう、なんだったんだろう、って。

まぁ、人ってそもそもきっとその程度のものなのかも知れないけど、やっぱり、「自分」っていう存在がその人の中に少なからず居て欲しいじゃん。
そんなんじゃなくても、ちゃんとその人の為に動きたいじゃん。

でも、きっと、「それ」は自分じゃないんだな、と実感、まぁ実感しなくてもなんとなくそれとなく感じちゃうと、「自分じゃないんだよな」と蚊帳に外に自分から出ちゃう。悪い癖だ。いや、きっとその人から見たら「悪」くないはずだから、きっと世の中的にはそれはいい事なのかも知れない。
でもやっぱりそれって、自分的な意味で寂しいじゃん。

でも自分が犠牲になる事で、その人がうまく回ってくれたらそれがベターなんだよな、とも思っちゃう自分も居たりする、ジレンマ。
そもそもその「自分が犠牲になる」と思ってる時点でただの自己満なんだよな。(笑)

でも、「その人に思ってて欲しい」と言うのも「その人の為に」と言うのも「自分犠牲」と言うのも、結局は全てただのマスターベーションでしかないのも、よくわかってる。

って考えてたら、自分って存在は、生まれてこの方一度も「情熱だけ」で回りの事なんかおかまいなしに動いた事が一度も無いのかも知れない。まぁ俗に言うところの「若気の至り」って奴なんだけど。

昔から回りを気にしちゃう、気にし過ぎちゃうよね。

きっと今のままだと一生このままなんだろうな。

僕の考えや、気持ちなんてわかってくれる人なんて居るわけないし、そもそも人の考えなんてわかるはずもない。
声を大にしても通じる相手もいるけど、通じない相手だっている。それは、今まで生きてきて沢山経験してきたし、そういう意味では、今までは百人居たら百人に好かれようと精一杯の努力をしてきたつもりだけど、やっぱりそれは無理なんだと言うのも悲しいかなひしひしと身を持って経験してきた。只単に自分の力の無さなのかも知れないけど。
だから、僕は、自分に対して自分をわかろうとしてくれる人には誠心誠意全力で応える。
だから逆に、裏切られた時の反動が大きいのも事実。
まぁ、結局は1か0で中途半端が無いんだよな。
なんでこんなに人付き合い下手なんだろう。(笑)

たまに思うよ、「適当に付き合ってりゃきっと世の中楽なんだろうな、もっともっと楽しいんだろうな」って。

暖簾に腕推しの人って、やっぱり自分には合わないのかなぁ。
いや、嫌いってわけじゃなくて、一生懸命尽くしても、見返りを求めるとかそういう事じゃなくて、なんだか何処吹く風だと、自分の気持ちが萎えちゃうのが自分でわかってしまうこの寂しさ。
それでも付き合って行くのが人なのかも知れないけど、やっぱり、その人にはそれまでのような情熱は沸いてこなくなっちゃうのも事実だし、そうしてると自ずと遠縁になっちゃうし、やっぱり寂しい現実に直面してしまう有様。


だから、きっと、この局面が終わったら、きっともしかしたら離れるかも知れない。でもそうじゃないかも知れない。
キーは終わった時の「自分」の達成感、かな。

あぁ、局面が終わり切るまで、落ちてると言う今の気持ちを知りたくなかったよ、と言うのが正直な僕の今の気持ち。
自分って、影響されやすい性格なんだよね。
この落ちた気持ちを、終わるまでの間どうやって上げるかが今の暫くの課題。
あぁ、誰か僕に気力をください。(笑)

まぁ、頑張るけどね。(笑)
この週末、腐ライブ以外何も無いのがある意味救いかな。
これで久しぶりに引き篭める。(笑)

あぁ、誰か、週末モンハン三昧しませんか!(笑)


そんな感じの週の初めな今日この頃。

頑張ろ。。。

良く思うんだ。

自分って、何で生きてるんだろう、何の為に生きてるんだろう、
もっと掘り下げた言い方をすると、何の為に生まれて来たんだろう、って。

いや、ネガティブな方じゃなくて、ポジティブな意味合いで、いろいろ考える事あります。

あれやこれやと思いあがいた末にいつも最後に達する答えがこれ。
「なんとかなるさ、楽しく生きようぜ!」

うん、人間の人生なんてせいぜいたかだか70年。
今を充実して楽しく生きてりゃそのうちなんとかなるさ。

でも、それでいいのか?って、最近じゃ次の疑問が生まれてくるようになったんだよね。

友達や知り合いが全然増えなければ逆に減る一方だし、最近じゃ裏切られる事も少なくないし、でもそんな事は僕の人生の中でたいしたことじゃ無い事も、自分の中で重々承知してるつもりだよ。
でもね、やっぱり寂しいじゃん。
何処かのユニットの歌じゃないけど、人間生まれる時と死ぬ時以外は生きる為に誰かが必要だ、って歌ってるじゃん。

僕の大好きな小説「オネアミスの翼」の名台詞、「誰かに必要とされてるから生きていられる。誰からも必要とされなくなったら消えてしまう」。

だとすると、今の自分は誰かの為に生きている、って事じゃないのか。
もっと広義の言い方をすると、何かの為に生きている、違う言い方をすると、
何かに自分は生かされている
って事だよな。

って事は、ついては、今の「自分」は何に生かされてるんだろう、何の為に生きているんだろう?と言う命題を考える事になる。

と、これで、めでたく最初の疑問に戻って来たわけだ。
つまり、けっきょく堂々巡りに落ち入らざるをえなくなる。


一つだけ言える事は、この命題って、人生をかけた、そして人生に投げた疑問であり、結局死ぬ間際にならないと、その人の人生の理由なんてわからないのかも知れない、って事なんだろうな。


ついては、今を一日一日を一生懸命生きる事なんだろうな。

太陽は沈んではまた昇る、臭い台詞かも知れないけど、そういう事なんだろうな。