やりたいことがある
やらなきゃいけないこともある

どっちもやりたいけど、どちらも中途半端



守りたい事、人、物
いっぱいあるのに
全然守れない



悔しい
もどかしい
苦しい
悲しい
色々な感情があふれて
落ち込む



今までだったらそのまま負のサイクルにはまっていたと思う

でも今は違う


この子だけは守りたい
守れているはず

いや、守れている



たまには自分を信じてみる
そんな自信をくれたのもキミ

ありがとう、ぷんぷん
最近、偏りのあった知識を拡大すべく勉強中。

いろいろな気付き、新しい発見、疑問が解けることもありわりと充実している

新しい学びから得た事で感じるのは
この時代では見方によっては誰でも病気や障害を持っていることにできる

ノーマライゼーションを掲げる事によって、むしろより優性思想が強まったのではないか

という事だ


自分で例えるなら

人との適切な精神的距離感を保つことが出来ず、相手が不快になるまで介入しようとしてしまう
これは自閉症スペクトラム症である

また、興味が無いことには直ぐに飽きてしまう
90分×4コマ(勿論休憩はある)をじっとしていられない
こっちはADHDの傾向を感じられる

論理的思考で行動計画を立て、それが上手くいかないとパニック状態になる
これはたぶん境界型人格障害

なんとかモチベーションを保っていても、急に気分が沈んで何もしたく無くなってしまう
泣きたくなることもある
これは双極性障害

誰かの役にたっていたい
役立つ人じゃないと必要とされない
そうなれないのは自分が劣っているからだ
承認欲求が満たされたいない状態

口元に手を持っていったり、タオルを触っていないと落ち着かない
愛着形成が不十分であり口唇愛性格である


こんどは精神的じゃない部分はどうだろう
消化器がしっかり働く方ではない
緊張状態が続けば便秘になるし、直ぐに胃もたれ、心窩部痛をきたす
胃の腸上皮化生と機能性ディスペプシアの可能性がある

姿勢が悪く慢性的に腰背部痛がある
既に骨盤が後傾しており、筋緊張も強いため正しいといわれる姿勢を取ることが困難である



ついでに言えば入眠困難で熟眠も出来ない
最近では欠伸時に下肢の脱力、日中の耐え難い眠気(一時期歩きながら寝ていた)や、傾眠傾向時には幻聴?幻覚?夢??が顕著だった
これは明らかに睡眠障害だ



勿論、実際に診断つくものもあるだろう
だがこじつけで正式な病名じゃなくてもこれだけ問題点が上がってくる

これらは勿論症状から推測しているものもあるが、一般に健康である人、正常とされる人と比較した結果である


個性や障害を受け入れようとする反面、正常な状態の理想が高まり、完璧を求める
正常で優れていないといけない
そんな風潮が強まっている気がする

しかし正常に該当する人など存在しないのではないかと思う


以上、哲学的妄想でした。
なぜ今になってアメブロに出戻ったのか。

Twitterでは書ききれない(文字数的に)事が多いからメモ帳のつもりで書こうと思ってます。

とりあえず、久しぶりに戻ってみての感想は

みんなあの時すでに運命の相手を見つけてただなんて、すごいな。と思うばかり。

私の運命の相手はどうやらわんこだったらしい。




うん、人間より犬が好きなんだと思う




さて
私は物心ついた頃には犬との生活が始まっていた。

最初の出会いは断片的な思い出しかない。
まだ乳幼児だった頃に父が連れて来たボーダーコリー的な犬。
賃貸じゃ飼えないってことで母方の祖父母が引き取ってくれました。
その後、結局その祖父母と一緒に暮らしていたのでその犬とも再会したわけですが…
確か亡くなったのは小学生のころ。

搾りたて牛乳を飲んでいつも元気だったのに気づいたら立てなくなって、認知症の傾向が出て来て
子供だった私は何も出来ず、這いずり吠えるあの子に近寄る事も出来なかった。
最後は母が懸命に介護して看取ったという記憶しかない。

仕方がないのだけど本当に無知で無力な子供だったと思い返す。

フィルム写真時代なので画像はほとんど残っていない。
でも、心の中にいる彼はいつだって元気な美男子なのだ。