久々の更新。
もし、私のことを知っている人が読まれているのであるなら
ちゃんとした近況報告ではないので、申し訳ないけれど、
あぁ、生きてるんだな、って思ってもらえれば幸いです。
いろいろ思うところあったので、
ちょっとまとめて書き留めておきます。
(別にここじゃなくてもイイのだけれど。笑)
*****
今月24日から27日まで、名古屋と京都に行ってきました。
主な目的は観光ではなく、“人に会う”ため。
私は未だに、たまにだけど人見知りするんですが、
人と対話するのはすごく好きで。
だから、家族や友達とご飯を食べるのも、
どこかへ出かけるのも、
私にとっては
「人に“会う”」というくくりになる。
会って、その人から何かを吸収したい。
自分には無い何かを感じたい。
そんな気持ちでいつもアンテナを立ててた。
元々は自分に向けられる目が気になって立てていたアンテナ。
どうして先入観で見られるんだろう?
自分らしさってなんだろう?
せめて、大切にしたいものを守れるように。
誰も気づかないような気持ちも、すくい上げられるように。
気がついたらアンテナを立てる意味が変わってた。
人の気持ちを誰よりも深く感じてしまうのは、
人の言葉や表情、所作に心を傾けてきた証でもあるのだけれど。
ただ、アンテナを全開に広げるあまり、
自ら溢れそうなくらい心をいっぱいにしてしまって、苦しくなるときがある。
もっと柔らかくいれたら良いのに、頭かっちんだから、
なかなかうまく紡げないことも多くて。
気持ちは思っているだけでは伝わらないことの方が多い。
だから私はよく手紙を書くの。
思っていることの1%でも伝わればいいな、というわがままで。
これだけの気持ちを受け取りました、と。
名古屋で人に会ったとき、
手紙に書いた言葉と、いざ渡すときになって伝えたい言葉が違うことに気づき
「本当は渡したくないけど、気持ち半分で読んでくれたらいいから」
なんて失礼なことを言ってしまったのに、
未来に願ってしまうのはなぜだろうね。
まだ23年しか生きていない若輩者で
世界が狭くバイアスかかった私が語るのもなんですが、
好きなモノを好きすぎて嫌いになる前に、
区切りをつける勇気も必要だと思う。
好きという気持ちを大切にしてほしい。
わがままかもしれないけれど、
自分の苦しみや悲しみの上に成り立つ幸せなんて間違ってる。
自分の幸せは自分で決める。
どの道を選んでも、その選択を"正解"にするのは自分次第。
私が覚悟を持つとするならば、せめて自分に正直に全力で生きるだけ。
なんてことを一人考えた京都での朝。
ホント疲れるし、つまらない、この性格。
でも、根っこがこんな性格だから、
こんな私でいるしか生きられない。
実年齢の割にしっかりしてるよね、とか
大人だよね、とか言われることが多いのだけども。
正直、褒められてるのかけなされてるのか分からない。
そうやってしか生きてきてないから。
そうするしか生きてこれなかったから。
アンテナをしまってしまえば、
歳相応の考えしか持たず、
特に悩まず楽に生きれるのだろうね。
それでも変えられないのは、
人の想いを感じられるってしあわせなことだから。
その想いに気付けなかったことを後で知ることの方が、
何倍もつらいって分かっているから。
葛藤から抜け出すのはとても大変なこと。
後悔のない答えが出るまで、
しっかり着地できるまで、闘いつづけてほしいなぁ。
この先何年、何十年かかっても。
踏み出す一歩も、その先も、そっと見守りたいんだ。
届けてくれた気持ちと、それを感じて生まれた想いは一生消したくない。
今の私をつくってくれた出逢いに
ありがとうの言葉だけじゃとても足りない。
もし、私のことを知っている人が読まれているのであるなら
ちゃんとした近況報告ではないので、申し訳ないけれど、
あぁ、生きてるんだな、って思ってもらえれば幸いです。
いろいろ思うところあったので、
ちょっとまとめて書き留めておきます。
(別にここじゃなくてもイイのだけれど。笑)
*****
今月24日から27日まで、名古屋と京都に行ってきました。
主な目的は観光ではなく、“人に会う”ため。
私は未だに、たまにだけど人見知りするんですが、
人と対話するのはすごく好きで。
だから、家族や友達とご飯を食べるのも、
どこかへ出かけるのも、
私にとっては
「人に“会う”」というくくりになる。
会って、その人から何かを吸収したい。
自分には無い何かを感じたい。
そんな気持ちでいつもアンテナを立ててた。
元々は自分に向けられる目が気になって立てていたアンテナ。
どうして先入観で見られるんだろう?
自分らしさってなんだろう?
せめて、大切にしたいものを守れるように。
誰も気づかないような気持ちも、すくい上げられるように。
気がついたらアンテナを立てる意味が変わってた。
人の気持ちを誰よりも深く感じてしまうのは、
人の言葉や表情、所作に心を傾けてきた証でもあるのだけれど。
ただ、アンテナを全開に広げるあまり、
自ら溢れそうなくらい心をいっぱいにしてしまって、苦しくなるときがある。
もっと柔らかくいれたら良いのに、頭かっちんだから、
なかなかうまく紡げないことも多くて。
気持ちは思っているだけでは伝わらないことの方が多い。
だから私はよく手紙を書くの。
思っていることの1%でも伝わればいいな、というわがままで。
これだけの気持ちを受け取りました、と。
名古屋で人に会ったとき、
手紙に書いた言葉と、いざ渡すときになって伝えたい言葉が違うことに気づき
「本当は渡したくないけど、気持ち半分で読んでくれたらいいから」
なんて失礼なことを言ってしまったのに、
未来に願ってしまうのはなぜだろうね。
まだ23年しか生きていない若輩者で
世界が狭くバイアスかかった私が語るのもなんですが、
好きなモノを好きすぎて嫌いになる前に、
区切りをつける勇気も必要だと思う。
好きという気持ちを大切にしてほしい。
わがままかもしれないけれど、
自分の苦しみや悲しみの上に成り立つ幸せなんて間違ってる。
自分の幸せは自分で決める。
どの道を選んでも、その選択を"正解"にするのは自分次第。
私が覚悟を持つとするならば、せめて自分に正直に全力で生きるだけ。
なんてことを一人考えた京都での朝。
ホント疲れるし、つまらない、この性格。
でも、根っこがこんな性格だから、
こんな私でいるしか生きられない。
実年齢の割にしっかりしてるよね、とか
大人だよね、とか言われることが多いのだけども。
正直、褒められてるのかけなされてるのか分からない。
そうやってしか生きてきてないから。
そうするしか生きてこれなかったから。
アンテナをしまってしまえば、
歳相応の考えしか持たず、
特に悩まず楽に生きれるのだろうね。
それでも変えられないのは、
人の想いを感じられるってしあわせなことだから。
その想いに気付けなかったことを後で知ることの方が、
何倍もつらいって分かっているから。
葛藤から抜け出すのはとても大変なこと。
後悔のない答えが出るまで、
しっかり着地できるまで、闘いつづけてほしいなぁ。
この先何年、何十年かかっても。
踏み出す一歩も、その先も、そっと見守りたいんだ。
届けてくれた気持ちと、それを感じて生まれた想いは一生消したくない。
今の私をつくってくれた出逢いに
ありがとうの言葉だけじゃとても足りない。