今朝もラジオを聴きながらウォーキング。
3日連続で行けた。
今朝は途中で雨が降ってきた。
リュックに入れてある折り畳み傘を出した。
1時間半は歩くので、どんなに晴れていても、折り畳み傘は持つようにしています。
昨日は、電車に乗ってヨドバシカメラへカメラを見に行ってきました。
平日の開店直後のカメラ売り場は、年金暮らしのおじいちゃんしかいなかった。
色々見て触って、これは良いとか、意外とよくないとか、大分わかったので良かったです。
X100Vが意外と良くなかった。操作系がゴチャゴチャしてて。
リコーのGR3とかは本当に良いカメラだと思う。
さて、最近、明日死んでもいいとかほざいてる僕ですが、今日、そのことについて母と話しました。
最近、オフの日を過ごしていても、何をしていても楽しくなく、趣味の時間を過ごしても、ただ時間をやり過ごしているだけな気がして、エンジョイできてなかったのです。時間を持て余しているというか。
仕事のストレスは、オフの時間を楽しむことで解消されるのですが、僕はオフを楽しむことができないままで、仕事に突入せざるをえないわけで、さらにストレスが溜まっていきます。これが結構深刻でした。
そんなことを母に話しているうちに、だんだん自分の心の内がわかってきました。
僕には何かやりたいことがあるみたいなんです。そして、そのことに気づいていませんでした。
オフの日にウォーキングしたり、映画ドラマを観たり、カメラを見に出かけたり、好きな時間を過ごしているように見えて、実は、自分の心の底にある、「何かやりたい」という気持ちを置き去りにしてきたのです。
その「何かやりたい」という自分の本当の気持ちにずっと気づかないでそのままにしておくと、自分の中の小さな自分が泣き出すのです。「気づいて」と泣いているんです。
そうなると、オフの日に何をしていても楽しくない。生きてる実感がない。明日死んでもべつにいいとなってしまうのです。
母にじっくり話を聞いてもらう中で、そういうことに気づきました。
僕は、自分の中の小さな声に気づかず、心にスキマがある状態でした。こういう心境の時って、たとえば宗教とかに走りやすい危ない状態なんだと思います。
でも、母と話している中で、オフの時間を楽しめない原因がわかり、それは、僕は本当は何かやりたい、何かに取り組みたいと思っていることがわかりました。
そのことに気づいたからには、これからの生活もちょっと変わってくると思います。
生活をしていく中でアンテナを張るようになるのです。同じ景色を見ていても、自分のやりたいことと関連づけて見るようになります。テレビを観ても、仕事をしていても、人と話している時も、常に、自分のやりたいことと結びつくことは何か?ということを意識するようになります。それがアンテナを張るということです。
これからの人生で、それが見つかるかどうかはわかりません。見つからないかもしれません。
でも、僕は自分の心の中に小さな自分が居て、「何かやりたい」と言ってる声に気づくことができて、心の中につかえていたものが取れたような解放感がありました。
今、やっと本来の休日を過ごすことが出来ているような気がします。
話し相手になってくれた母には本当に感謝しています。
つくづく思うのですが、何でも人に話すことが大事ですね。
福祉の人でも友達でも親でも、話せる人が身の回りに何人いるか。とにかく遠慮しないで話すことです。それも、遠回しに話すのではなく、本心を話すことです。明日死んでもいいと思ってるなら、正直にそれを話すんです。
とはいっても、相手が信頼できる人ということが大前提です。誰でもいいというわけではありません。
日頃から、色々な人と信頼関係を築いておくことってほんと大事ですね。
・・・そういうわけで、一障害者の日常にも色々、思うことや発見などあるのです。
長々と書いてしまいました。読んでくれた方がお付き合いありがとう。
それでは、これから録画した格闘技の試合を観て過ごします。
明日から仕事。絶対何かあると思うけど、できるだけ落ち着いて働ければと思います。
それではこのへんで。
ありがとうございました。