サッカーに於いて「声」は非常に重要だ。


プレイヤー本人は自分自身の姿は見えない。

けど、ほかのプレイヤーからは常にその姿が見える。


プレイヤー本人に今、自分が措かれた状況を伝え、次に進むべき方向に

導くのが「声」。


そして・・・。


時に励ましあい、時に怒鳴りあう・・・。



自分はDFとしてプレーする事が多かったから、

もらった「声」の大半は失点を防ぐためのものだった。

集中力を欠いたプレーをしたりDFラインの中で意思の疎通を

欠いたプレーをすれば時に、怒鳴りあった・・・。


プレーのその「甘さ」を互いに見過ごせば、次はそのプレーが失点につながる・・・。

失点してから怒鳴っても遅いのだ。



怒鳴りあって、集中力を取り戻し、互いのプレーの意図を伝える。

それで、すべての失点が防げる訳ではないが、確実に少し減る・・・。


相手のシュートが素晴らしく、DFもGKもノーチャンスの失点はある。

そして、どうしようもなくアンラッキーな失点もある。


でも・・・。

ほとんどは、「防げたかも・・。」と悔いが残る悔しい失点。


けど・・・「声」が出てたら・・・・。

その失点も防げるかも・・・。


と想う。





今日、仕事中に似たようなことがあった。


大事には至らなかったが、ミスした後輩は怒鳴られた・・・。


「怒鳴ることはないのに・・・。」という意見もあったが、

怒鳴られた事で、自分が緊張感を失っている事を彼は知る事となった・・・。


大事故につながっていたら、きっと・・・・


その前に、誰かが怒鳴ってでも緊張感を取り戻させていれば・・・・と

悔やむ事になっていたのかも。


怒鳴るか、優しく声をかけるかはともかく、

周りは「声」を出さなきゃ。


「声」を出していない者は、怒鳴る者にとやかく言うべきでないとも思った。



また日常とサッカーを重ねて物事を考る自分がいた。