
今年ももうすぐ父の日
子供達には悪いが、毎年何かしらは声をかけてもらっているが特に何かをしてもらった記憶が薄い。一度厚手のジャンバーを買ってもらったが、ハンガーにかかったままでこれも出番はほとんどない。こんな事を子供達に打ちあけようものなら『何なの』ってことになるのだろう。父親の僕としては子供達が元気で穏やかに暮らしていてくれていればそれが何よりのプレゼント。
我が家には仏壇も神棚もないが僕の両親と妻の父親が写真たての中で笑うでも無く僕らを見ている。
僕には父の日に親父のために何かをした記憶が無い。子供の頃には父の日は無く、できたのは20歳を過ぎてからだと思う。思春期以外は特に拘りもなく、会えばたわいも無い話をしていた。だが親父に何かをプレゼントをした憶えが無い。記憶が消え去っているのか初めから無かったのかそれさえもわからない。
その父親にいつの頃からか毎朝お茶を供えるようになった。
写真の親父と目が合う、そこに写っている二人の父親は髪も黒くまだまだこれからという目をして写っている、ここのところ親父を若いと思うようになった。髪も白くなり体も思うように動けない事も出てきた。親父が逝った年齢はとうに越した。
後どれくらい生きられるか、いつまで元気でいてられるか。気遣ってくれる子供達に負担をかけないように、そろそろ終活の準備し始めようと思う。