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久しぶりにブログ更新。

杏果のインスタとツイッターのアカウント開設は2018年いちばん嬉しいニュースだった。推しが突然いなくなってしまった世界と、推しの存在がSNS越しに感じられる世界がこんなに違うものだとは!

 

2ヶ月間、(HMVやタワレコの素敵なハムスターの痕跡はあったものの)ほぼ何も動向が分からないのは辛い期間だったのだけれど、杏果の作品や自分の気持にじっくり向き合える貴重な時間でもあったように思う。2ヶ月の間に自分の気持ちに向き合い、同じような気持ちの人たちと会って話して、今までなんとなく感じていたことや、未来を想像できたことでいくぶん心が落ち着いてきた気がする。いや違うな。やっぱりオタクと共感するより杏果のSNS投稿ひとつのほうが100倍効果があるな(笑)

 

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ここのところ、いちばんよく聴いていた曲は『ヒカリの声』だ。杏果の最新曲であるこの曲には、未来への約束が含まれているような気がするのだ。この曲には「空」「光」「繋がる」といった杏果の歌詞に頻出するキーワードが沢山散りばめられていて、彼女らしさがいちばん表れているように思う。おそらくこの曲を作っている頃には卒業の意思は明確になっていたはずで、それを理解した上で聴くと、未来への約束を感じさせる歌詞は救いを求めている心に効く。

 

歌詞の中に3回も出てくる「トンネル」という言葉は元々この曲の原題であったそうで、途中で『ヒカリの声』に変わったとのこと。暗から明へ。今いる場所から未来の情景へ。これ、すごく杏果の個性を象徴するようなタイトルチェンジだと思う。

 

「トンネル」は進まざるを得ない暗い一本道だ。暗いところをずっと進んだ先に見えるのは白い光で、それはひとつのゴールではあるのだけれど、その先にまた暗いトンネルがあるかどうかは分からない(たぶんある)。こういう人生の捉え方は杏果のベースにあって、インタビューや作詞に表れているんじゃないかと常々感じている。

 

武道館直前のナタリーのインタビューでは杏果はこんなことを言っていた。

 

あの大きなステージに立つ瞬間ほど幸せなことってそうはないんです。でも、あそこに立つまでしんどかったり苦しかったりしたこともあって、それがこの曲の歌詞で言う「トンネル」や「暗闇」なんですけど、そのトンネルを抜けた先の光が自分にとってはステージで。絶対行き止まりのトンネルはないし、どんなに長いトンネルでも光は待ってくれてて

 

暗い道/明るい出口/再びやってくる暗闇/自分を支えてくれる人たちがもたらす救い/過去の躓き/明るい未来への前進(…以降繰り返し)というネガ/ポジの反復運動は杏果の歌詞に何度も出てくる。

 

「even if 掴んだ瞬間 幻になっても」

「今日もまた繰り返す再起動」

「あの夏の日があって いくつもの暗闇越え」

「次のトンネルが見えて 暗闇が近付いてきても」

 

数えたら「ヒカリの声」の歌詞世界には少なく見積もっても7~8個のネガ/ポジの対比が歌われていて、まさしく七転び八起きを地で行く感じだ。

かつて「逆境こそがチャンス」と歌った女の子はたぶんその先の先をずっと想定しながら歩いてきた。気苦労の多い人生の捉え方だと思うけれど、こういう考え方からしか生まれない何かに僕たちファンが惹かれ続けているのも確かで、彼女を推す喜びと辛さはシーソーみたいに反復運動を続けている。(杏果推しは表面を取り繕っても内面が暗い人が多いから順応性高そうだけど笑)

ちなみに、唯一杏果の歌詞でポジティブな心情を保ったまま曲が完了するのが「小さな勇気」だと思うのだけれど、この話はまた別の機会に。

 

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杏果の性質は、写真にもすごく反映されていると感じている。

自由に歩いて撮影する時間が少ないなど制約もあったのだろうけれど、杏果の写真は多くが遠景だ。フォーカスが手前ではなく遠く向こうの方にあって、「遥か彼方に希望と不安の混じった広い世界がある」という印象なのは、歌詞と同じ人生観に基づいているように思える。無限に広がる空には自由や憧れを感じるけれど、それは孤独と背中合わせだという歌詞のように、遠くの空や風景は明暗が入り交じった未来の比喩なのかもしれない。

よく考えたらステージから暗闇の中をペンライトで埋まった客席を見るのもある種の遠景のようだ。でも武道館で弾き語りをしていたときには客席も明るく照らされていたっけな。

 

きちんと自分のアイデンティティを作品に落とし込めることが表現者にとって重要なポイントだと思うのだけれど、杏果の作るものはやはり彼女の一貫したアイデンティティの上に形作られているように思う。その上で、人に感動や共感や影響を与えることができるのはほんとうのアーティストだ。

 

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奇しくも、2ヶ月のあいだ悶々としていたときに発売された小沢健二の新譜のタイトルが『アルペジオ(きっとそのトンネルの先)』というもので、僕は杏果の曲が聴けなかった1月2月はずっとこの曲を聴いていた。小沢健二は僕が20代前半のころ一番好きで影響を受けたアーティストだ。90年代中盤から長い時間を経てようやく「あの頃」に向きあった歌を歌い始めたオザケンがこう歌うところで僕は何度も泣いてしまう。

 

きっと魔法のトンネルの先

君と僕の言葉を愛す人がいる

本当の心は 本当の心へと 届く

 

甘さと苦さ。時間が過ぎることで人は色々な苦難を忘れたり薄めたりするけれど、歌はあの頃に留めておいた何かを一瞬で繋ぐ。

 

今の杏果が自ら選んだ環境も、トンネルの途中なのかもしれない。いつか将来、杏果の歌を聞いた瞬間に過去の甘さと苦さを感じられたらいいなと思う。僕たちファンも一緒にトンネルを抜けて、ヒカリの中で過去を振り返っている姿を想像すると少し救われる。

 

トンネルは行き止まりではない。

そして、おそらく一番重要なのは、杏果がネガ/ポジの繰り返しを自分の力で変えることができると知っていることだ。彼女が運命論に抗う強い意志があることを僕たちは知っている。

 

 

ええい強引ついでにこれも貼ってしまえ。こちらもいまの心境にぴったりだ。

小沢健二『ある光』

 

 

連れてって 街に棲む音 メロディー
連れてって 心の中にある光

 

光とは無色の混沌なのだとかつてオザケンは言っていた。

インスタやツイッターでの発信を始めたことで、杏果の中でも何か混沌からの変化が生まれてきていたりするのかな。ファンとしては遠くの方に微かな光が見えたような気になっているけれど、焦らずに待っていよう。