「せめて、残る日々の記憶が、悲しいものにならぬように。」
書いては消してを繰り返していたら、けっこう時間がかかってしまった。
終わらないつもりで書くのも、終わるつもりで書くのも自分の心情的には違くて、それをうまく書けているかわからない。
あくまで、イベントごとの区切りとして書くつもりなので、そう読んでもらえたら幸い。
大阪遠征、終わり。
3ヶ月間のインストも終わって、ボクセカはひと段落。
次回予定は未定。
やっとここまで来た。
例によって、ライブの切れ間とかになる絶賛体調不良中(今回の場合熱とかじゃなく、珍しく全身にアトピーが出たりと、わかりやすく自分の体から「生活習慣が乱れてますよ」のアラートが出ている)です(笑)
何はともあれ、1番に思うのはとりあえず髪を切りたいくらいなもので、割と平和です。
2月はスタジオワークメインでやるので、3月にステージに立つ頃には元気になってるはず。
大阪でのライブが終わったあと、単純に「疲れた!眠い!楽しかった!」って思えたのが良かった。
後悔とか、やり残したことが、実は僕は思い浮かんでない。
当初、僕がボクセカとしてやりたかったことは全部できたなと思ってる。
無理やりに目標を後付けすることもできたけど、それをしないでよかったかなと今は思う(し、それはやっぱり趣味じゃない)。
「あれで終わりなんて勿体無いからまたやって欲しい」と、笑顔で言ってくれた人が居ることも満足。
多分、僕等の考えは思ったより理解されていたように感じた。
何事も引き際が肝心で、楽しいことなら楽しいと思っているうちに辞めるのが上手な引き際だ。
(そういえば、リンタロウさんとルームシェアをやめるときも同じような理由だった)
(おかげで僕等はこの先ずっと「俺たちあのままルームシェア続けていたらどんな楽しいことが待ってたろう」という妄想話を死ぬまで続けることができる)
最初に、アルバム云々って話があって、僕が「じゃあせめてワンマンやろうよ」って言ったときには(詳しくはホームページのバイオグラフィ参照)、ここまで続けるとは思っていなかったから、意外だなって気持ちが大きい。
だから、1月と2月(もっと言えば去年8月以降は)、自分にとってはボーナスステージみたいなものと思っていた。
それもあって、メンバーの思うようにとか、今後のための練習にとか、そんな視点が強くなっていったので(こういうことを言うから「偉そう」と言われるんだろう(笑))、今回だったらセトリ決めは口出ししないようしようとかしていたんだけど、最後に一つだけワガママを言った。
この記事のタイトルに使った歌詞の曲を「どうしてもやりたい」と。
急遽、間奏の煽りパートとMCを少し削ってもらって、1曲増やした。
「曲をやろうよ。なんだったらMCはなくてもいい。」って。
(相変わらずの暴君)
(ワガママを聞いてくれたメンバーにはホント感謝)
「あの日の僕等が瞬間彩る
最後の言葉、置いて行くよ。」
この曲は、ワンマンをやるときに、その瞬間のために書き上げた曲。
起こっていない情景を想像して書くのは勇気がいる。
大仰なことを言って、もしそうならなかったらどうしようって。
でもそうしたいと思って意思を形にすれば、逆にそれが自分の力にもなったりするもので、不思議なものだけど、そこに相互作用みたいなものが生まれる。
とても暑い夏で、たくさんライブをしたと思ったけど、その思い出は極彩色に吸い込まれた。
ライブが終わって、家に帰って、歌詞カードを見たときに「あの瞬間」を思い出してもらえるような曲だといいなと思って、ボクとキミの物語になぞらえて自分自身の想いを投影した。
「まだ淡く儚い恋の、この物語を捧げよう」
僕が唯一ボクセカのために書き下ろした曲。
趣味全開でけっこう難しく作ってしまったので、ライブで最初にやったときはどうなることかと思ったけど、愛してもらえてよかった。
さて、次はなにをしようかな。
では、またどこかで。




