もてなしてくれた友人の笑顔や人柄と、

ここの人々の優しさに、打ちのめされた。

こういう感覚は、久しぶりだ。




インターネットで探した写真を頼りに

「これが欲しい」という母に

何人もの店員さんが連携して商品を探してくれたり、

手を合わせてお礼を言われたりすると、

それが当たり前だというその文化が、

尊く、素晴らしいと感じる。




普段、「ここの店員は態度悪いなー」と腹の底で思ったり(苦情いったり)、

敬語の間違いに過敏になったり、

つい口先だけのお礼を言ってたりする

上辺だけの自分に気づくこともできた。

何だかもっと本質の、核の部分を垣間見てしまった気がする。



「微笑みだけじゃやってられないのよ」と言って

やっぱり笑う友人は、相変わらず魅力的だった。

タイ支社勤務もアリかな、なんてうっかり思ってしまう。



iPhoneからの投稿-
きっかけは、共通の友人がわたしと彼女が似ていると言い始めたことだった。



小さなパーティーで男の子と飲み比べして、


彼女から飲み方を教えてほしいなんて言われたこともあった。


彼女の帰国までの数日間を、わたしの部屋をシェアして生活したことで


コイバナしたり、一緒に服を選んだり、たまには夜遊びもしたりして


一気に仲良くなった。


国籍の違う、最も親しい友人。


わたしが恋人との関係で悩み傷ついた時には


すぐに国境を越えて飛んできてくれる。



そんな彼女が留学生として日本に1年ほど滞在することになった。


楽しみ!


日本語はもちろん、たくさん日本の素晴らしさや楽しさ、


伝えたいな。


photo:01



にてる??
人それぞれの生活があるというのは言うまでもなくわかりきったことだけど、


だからこそ悩みを聞くというのは その人の人生をほんの少し、覗かせてもらえたような気分になる。


何を思い、何を良しとして生きているか。






私が、よく知りもしないのに、友人の恋人についてや、その関係性にとやかく言うのは、よくないのかもしれないけど


ただ、目先の幸せではなく、いつか振り返った時にも納得のいく答えを出してほしいとは思う。

そんな気持ちさえおごりかもしれないけど。





「“友だちの彼氏”の中でかなり上位だったあなたの彼の順位が、下がりつつある」


少し前に、ささまから言われたことば。


突然の、友人からのマイナス発言に思わず動揺したら、


「だってあなたを傷つけたからね」だって。


想われるなわたし、と思ってしまった。


そんなふうに言ってくれる友人は何人いるだろう。



たとえ批判に取れる意見でも、臆せず言ってくれる友人、


そして、言わせてくれる友人。




大切な友人と、大切な恋人、


どちらかにもう一方を歓迎されないと、


やっぱり不安になったり、反論したり悩んだり、してしまう。



けれど、自分のためを思っての発言は、


たとえ受け入れ難い内容でも、すんなりと心に落ちてくる。





たとえば若い頃に憧れた盛大な披露宴パーティーを次第に望まなくなるように、


ほしいのは大して親しくもない人々からの上辺の祝福ではなく、


愛する人と、心から祝福してくれる親しい友人。


それが、今のわたしの理想。