2020.10.01 認知症
認知症の夫に“熟年離婚”つきつけたワケ……「怒鳴られても言い返さない」貞淑な妻の反乱
そんな「ヨロヨロ・ドタリ」期を迎えた老親と、家族はどう向き合っていくのか考えるシリーズ。
新型コロナウイルスの感染を防ぐため、多くの介護施設では家族の面会をストップした。
緊急事態宣言が解除され、面会が可能になった施設も増えてきているが、まだ全面的に解禁というわけにはいかないだろう。
親が自分のことを忘れてしまうのではないか。認知症が悪化するのではないか……。
不安に思いつつも、今は親の命の方が大切だと、なんとかこの時期を乗り切ろうとしている子どもは少なくない。
◆夫婦で認知症に、二人暮らしはもう無理
井波千明さん(仮名・55)もそんな一人だ。井波さんの義父母・勇三さん(仮名・88)と茂子さん(仮名・86)は、
サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)に入っており、この2カ月ほど面会がかなわないでいる。
サ高住に入居するまで、井波さんの義父母は、同じ県内だが車で2時間ほどかかる場所に住んでいた。
夫の実家に行くのは年に2回くらい。飛行機を利用しないと行き来できない場所に住んでいる義兄が実家に帰る頻度とたいして変わらなかった。
◆義父母が井波さんの家から近いサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)に入居したのは、2年前のことだ。
5年ほど前、勇三さんが認知症になり、その後茂子さんも物忘れが目立つようになった。
茂子さんが初期の認知症と診断されてからも、訪問介護サービスを利用しながら二人暮らしを続けていたのだが、茂子さんの様子が急激におかしくなった。
「義父母が認知症になってからは、月2回くらい様子を見に行くようにしていたんですが、義母が2週間前とは激変していました。
フラフラして歩けないし、表情もなくなっていた。すぐにかかりつけの病院に連れていったんですが、認知症が進行しているだけだろうと言われました。
でもその後さらに状態が悪化して、翌月には立つこともできなくなったんです」
そこで総合病院で検査してもらったところ、「硬膜下血腫」という診断が下りた。
頭蓋骨の内側にある硬膜と脳の間に出血が起こり、そこに血液がたまる病気で、血腫が脳を強く圧迫してさまざまな症状が引き起こされる。
幸い、茂子さんは手術を受けて、症状はかなり改善した。
「でもこれをきっかけに、義父母が二人で暮らすのはもう無理だろうと、夫と義兄の意見が一致しました。それで、私たちの家の近くで施設を探すことにしたんです」
◆優しい義父が見せる「まるで別人」の顔
義兄は転勤が多く、しかもバツイチ独身だ。以前から井波さんは、実質的に義父母の面倒をみるのは自分しかいないと覚悟をしていたという。
介護がはじまる前は、義父母と頻繁に会っていたわけではなかったが、関係はずっと良好だった。
「先日も、サ高住のスタッフから『実の娘さんですよね』と言われたくらいです。
結婚して25年以上もたつと、まあそんなものですよ」
◆義父母と夫兄弟の仲も良かった。
「特に義父は子煩悩だったと思います。教育熱心で、厳しいけれど、愛情もたっぷり注いで育てたようです。
義母が言うには、夫も義兄も義父に反抗することもなく、大きくなったそうです」
勇三さんは井波さんにも優しかった。井波さんが言うことは、何でも受け入れてくれたという。
「今でも義父と話すのは、私の癒やしになっています。
私が面会に行くと、他愛ない話をしてくれて、帰ろうとすると『来てくれてありがとう。また来てね』と言ってくれる。それだけでも、毎回幸せな気持ちになります」
◆その一方で、勇三さんは茂子さんに対しては、完全な亭主関白だった。
「私と話すときとはまるで別人でした。義母を怒鳴りつける姿も、何度も見ました。
義母は、義父がどんなに怒っても、言い返すことは決してありませんでした。でも、心の中では反発していたんだと思うんです」
◆反旗を翻した義母
井波さんが茂子さんの心中をそう推測するのには、理由がある。サ高住に二人が入居するときのことだ。
「二人部屋があったので、そこに入ってもらおうとしたんですが、義母は頑なに義父との同室を拒んだんです。
別室だと料金も割高になるのに、どうしても別室がいいと。
そこまで言うならと、同じ階の別室にすることを提案したら、それもイヤだと言うんです」
◆茂子さんは結局、勇三さんとは別の階に入った。
そのうえ、サ高住に併設されたデイサービスに行くのも、勇三さんと同じ日には行きたくないと言い、それぞれ別の日に利用することになった。
「でも、週に1回だけはなんとか同じ日に利用してもらって、せめてそこで少しでも夫婦の接点を持ってもらうよう、スタッフが努力してくれています」
◆最晩年の夫婦に起きた、妻の乱――。
茂子さんの心中を理解できるという女性は少なくないのではないだろうか。
これも、夫の定年後、退職金をもらってから夫に三行半を突きつける熟年離婚のひとつの形、ともいえるかもしれない。
何十年も我慢するなんて、とても無理と思うか、それと何十年も先にある希望を持って今耐えるのか……。
もちろん、逆のパターンもあることも忘れてはなるまい。
◆坂口鈴香(さかぐち・すずか)
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終末ライター”。訪問した施設は100か所以上。 20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、 人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。