なんの才能も資格もなく彷徨いながら仕事を探してたときのこと。

今だって、たいしてあるとは言い難いですが。。。

まあ、10年ほど前のことです。。。

数種類の求人雑誌に掲載されてた1つの会社に行きました。

見学と面接を兼ねて。。。

いきなり面接で、「夢って何ですか?」ってきかれました。

当時の自分としては「は?」

そしたら「だからね~」

その方曰く、仕事なんて例えば

①外車を乗り回したいから、その資金稼ぐためにするもの。

②要領よくこなして定時で帰宅し、残業組に対して優越感を感じるもの。

のようで、僕にとって仕事でなにを得たいの?ってことだったらしい。

なんか、①はともかく②はな・・・って思ったのを覚えています。

そのまま、その会社に来たのなんて無駄だったと後にしました。

あれから10年経った今、その小さな会社がどうなってるか知りません。

でも、今から思えば①は少し同意できるのかもしれません。

ストレスを溜めないようにするには、それが必要かもと思う。








1週間前に祖母が亡くなった。

20年近く会ってない祖母だったため、訃報をきいても涙がでなかった。

祖母は父が2歳のとき、父とその妹を置いて、家を出て行ったのだ。

その後、父と妹は別々に育てられた。

父の妹、つまり叔母とは祖父のお葬式で顔を合わせたことがあるだけ。

その叔母も祖母よりも前に亡くなっていたことが今回判明した。

叔母の死を知らないんて。。。

結局、お通夜、お葬式合わせて参列者はほんとの近親者のみ。。。

そこには、一度も会ったことのない叔母の子供である従姉妹が来ていた。

同じ祖父母の血が流れているのに、全くそんな感じはしなかった。。。

会話することもなく、少しさみしい気がした。

そんなもんかな。。。

祖母は祖父と離婚後、姓も戻し、世界旅行などで豪遊していたそうだ。

資産家の娘であったたため、生活に困ったことなどない。

なんか、寂しいお葬式であったが、祖母の遺影を見て思ったことがある。

「人生、自分のやりたいことをやってきた人なんだな。」

人が亡くなると、その人のことを周りの人はいろいろ言うだろう。

生きている間は殊さら、言うだろう。

しかし、祖母から学んだことはある。

人生、ちょっとぐらい自分のしたいことをつき通そう!






なぜ、理学療法士になったんですか?

30過ぎてなったからこそ、余計に質問されることが多い。

大抵めんどくさいなと、建前で答えると相手の反応はさまざま。

「へえ~すごいね。」

「それやったら、○○○(他の職業)のほうが向いてるやろ。」

こんな感じ。

ホントは建前なんてどうでもいいし、嫌い。。。

志望動機なんてその仕事を一生懸命やれば、どうでもいいと思ってます。

ホントは生きていくため、職業を得るため。。。

30過ぎて新しく職業に就くため、残された選択肢から選びました。

そう、平凡を手に入れるために。。。

僕はプライドが高いとよく言われます。。。

30過ぎて失業し、新しい路探すために、プライドなんて捨てたのにね。。。

子供の頃から、平凡は当たり前、非凡にならなきゃって思ってた自分がいた。。。

たぶん、プライドはその頃から自分の特性として芽生えたんだと思う。。。

だから、他人からは映ってみえるのね。。。

気が付いたら、平凡さえも手に入れられてませんでした。。。

最近は疲れ切った自分でも、どっかに非凡になる方法を探してしまします。。。

まだ、完全に平凡になれたわけでもないのにね。。。