Derek Jarman の名前を知ったのは映画「Caravaggio」(1986年)が公開されたころだと思う。色彩に毒があり、演出も話の進め方も暴力的でギョッとした。日本では「スーパー8というハンディカメラで撮影する前衛映像作家」という触れこみだった。

当時はインターネットがない情報過疎時代だったので、ジャーマンが母国の英国では同性愛者として大いにカミングアウトしていたことや、HIVに感染し、94年に死ぬまでエイズ患者のアドボケートとして世論とドンパチ戦ったことも全く知らなかった。

 

私自身がニューヨークに渡り、LGBTQの友人がどっさりできて、ジャーマンへの見方ががらっと変わった。ゲイの友人たちの多くがジャーマンの表現力とカリズマ性に魅せられていた。なんと言ってもゲイのアイコン「聖セバスチャン」を映画にしている人だものね。

 

今や大スターの怪優Tilda Swintonをスターダムに押し上げたこと、サッチャーや保守派を糾弾するポリティカルな人間だったこと。友人らとの会話から「イギリスの文化と伝統への愛憎にもがいた」人間像が浮かんだ。

 

そして「園芸」に情熱をもっていたこと。英国人の園芸に対するオブセッションは、日本人の私らには絶対理解できない信仰心のようなレベルにある。

 

SNSのアルゴリズムでは時にすごい出会いがある。インスタグラムでひっかかった「Prospect Cattage」もこの一つだ。ジャーマンがロンドンの喧騒を離れて晩年をおくった小さな海辺の小屋が、Creative Folkstoneという芸術振興基金のプロジェクトとして保存されている。

ウサギの姿に例えた英国地図の中で、かかとから少し左方向に進んだDungenessという海岸沿いの村にある。

 

シンプルな木造の平屋は真っ黒く(昔の地元の漁師たちは厳しい天候に耐えるために、小屋の壁にタールを塗り付けて防風と防水加工にしたそうだ。ジャーマンの小屋は耐水性の黒ペンキを使っているのだろう)窓枠だけを山吹色に隈取りしている。遠くからでもよく目立つ。「やっぱりアーティストは違うねえ」と思わせてくれる。

 

この一帯は英国で唯一の「砂漠地帯」といわれる。ですが、鳥取砂丘を絶対に想像しないでください。

砂ではない。波に摩耗されたウズラの卵ぐらいの石でできた丘陵が一面に続く。玉砂利の海岸と内陸の湿地帯が交わる自然の保護地区にあたる。

 

そして、何より奇妙な風景の決め手は、背景にそびえる原子力発電所のDungeness AとB。発電所は2021年に完全に操業停止となったが、解体はされずに無人要塞のように残っている。

 

「僕は園芸家になるべきだった」とジャーマンは自著の中で記した。小屋の周りには低灌木、無花果、サボテン、ハリエニシダに交じって橙色のケシの花が咲いていた。

 

でもね、ここは普通の園芸をする環境ではないのよね。めちゃくちゃ乾燥していて、海風がビュービュー吹きつけて、冬はきっと毎日霧に覆われているような石ころだらけの地盤。植物の生存には厳しすぎるでしょ。ここでも王道から外れた暴れ者のジャーマンの横顔が見えてくる。

 

新しく土を入れることはせず、化学肥料は使わず、厳しい風土に耐えられる植物を根気よく育てたらしい。海風と石だらけで土のない地盤。「園芸」というイメージからかけ離れた場所を選んだゆえに、最初のうちは勢い込んで植えたバラの苗木、水仙をことごとく枯らしてしまったという。

 

コテージは、1年365日のうち52日間だけ一般公開される。予約券はあっという間に売り切れる。私も申し込もうとしたが、敢え無く敗退した。

近くを訪問する機会ができたので、コテージの周りをゆっくり歩きまわった。

空と海と石ころと遠くに見える原子力発電所の全てが寒色で調和して、どこまでもどこまでも続いていくように見える。

 

 

この風景の中に、ジャーマンが心を込めた小さな庭園がぽっと明かりをつけている。

 

プロスペクト・コテージで記した彼の日記は「Modern Nature」というタイトルで出版されている。